灼界巨人ヴォルカニオン
インペリアルの試練は二日目に突入した。戦場は変わらず魔鉄の森前に広がる草原だ。
太陽が高く昇り始め、試練の開始時刻が迫るにつれ、戦場には緊張が走っていた。
「敵影発見!」
見張りの兵士が叫ぶ。
直後――。
昨日と同じ焔連山と紫氷山の魔物たちが押し寄せてきた。それぞれの山域から現れたであろう初級から中級の魔物たちが、草原を埋め尽くす。
「魔導砲、射撃準備!」
「魔法弓隊、構え!」
兵士たちが一斉に動く。
巨大な砲身を持つ魔導工学兵器に魔力が集束し、魔法弓には次々と魔力の矢が形成されていく。これらは前日には準備が間に合わなかったために使われなかった魔導工学の粋を集めた兵装たちだ。
「撃てぇええええッ!」
ドォンッ!!
轟音と共に中級レベルの威力を持つ炎、水、風、土属性魔法の砲弾が放たれた。
それらは着弾と同時に爆炎や衝撃波で魔物の群れを吹き飛ばす。
続いて無数の魔法弓が火を噴いた。こちらは初級魔法レベルの弾幕だったがその分物量が数倍違う。下級魔法は雨のように降り注ぎ、魔物たちを撃破または進行を鈍くしていった。
「重装騎士隊、前進!」
ガシャァンッ!! 重厚な鎧を纏った騎士たちが一斉に進軍する。温存していた精鋭の騎士たちによる部隊だ。巨大な盾を構え、魔物の群れを正面から押し潰していく。
その左右から、銀級、金級の冒険者たちを主軸とした攻撃隊が散り散りになって逃げていく魔物たちに遊撃を仕掛けていく。
「クソ野郎どもが!」
あるものは怒りに任せ騎士剣を振り——
「王都なめんな!」
気炎万丈な冒険者たちの魔法が炸裂する。
初級から中級程度の魔物では、もはや彼らの進撃を止めることはできなかった。
昨日とは違う。
戦力、装備、連携さらには散っていった勇士たちへの弔いのため、その士気が段違いに上がっていた。
すべてが整っている。否、整いすぎている。
その直後――ズンと大地が揺れた。
「……?」
誰かが足を止める。
――ズン。
今度ははっきりと分かった。
巨大な何かが歩いてきている。
魔鉄の森の鋼群茂を溶かしながらソイツは現れた。
赤熱した岩肌の体は脈が走るようにひび割れていて、溶岩が流れていた。全身から立ち上る水蒸気が周りの水分を消し飛ばしている。
なにより恐ろしいのは十メートルはあろうその体躯だ。
「ヴォ、灼界巨人……!」
そう呟いた冒険者の声は震えていた。
その巨人は、溶岩溜まりのような赤い瞳で戦場を見下ろしていた。
――巨人がおもむろに右腕を掲げる。
そして空が赤く染まった。
「……?」
重騎士の一人が茜色の空を見上げた。雲の向こうから、無数の赤熱した岩塊が姿を現していた。
隕石。人一人を押しつぶせるほどのそれが、一つ二つと増えていくたび王国軍と冒険者たちの顔が引き攣っていく。
「全員、死にたくなければ散開しろーーーー!」
誰が言い出したか、そんな叫び声が響く。
ヴォルカニオンの口元が歪んだ。
「グォオオオオオオオオオッ!!」
明らかに魔力の宿った咆哮。人語でなくともそれが魔法名だと人類側の誰もが理解できた。
本来であればこう聞こえただろう。
——天墜星葬。
火と土の混合属性による高等魔法だった。
次の瞬間、轟音が戦場を覆い尽くした。灼熱の隕石群が降り注ぐ。
ドゴォオオオオオンッ!!
大地が爆発し、爆煙と土砂が空高く舞い上がり、草原そのものが抉り取られていく。
「ぐあああああッ!?」
「隊列が!?」
「まともに受けたら死ぬぞ!」
重装騎士たちが必死に盾で受け流そうとするが、耐えられずに吹き飛ばされる。ミスリル製の大盾や鎧はひしゃげ、勢いのまま大地へ叩きつけられる。
後方にいた冒険者たちも、爆風によって次々と吹き飛ばされていった。まともに食らったものは骨すら残らず爆散した。
そして下級や中級の魔物たちも区別なくそれらは轢き潰していく。まるでただの災害であった。
「ぐっ……!」
「立て! 一時撤退しろ!」
「負傷者を後ろへ!」
星降りは静まり、後にはクレーターの跡と焼け野原が残った。なんとか壊滅だけは免れたが、戦列は完全に崩壊していた。
重装騎士隊の隊列は見る影もない。
盾は砕け、鎧はひしゃげ、立っている者さえ満身創痍。冒険者たちも同様だった。
先ほどまでの余裕は、もうどこにもない。
「……これが……上級の魔物……」
国が総力を挙げ討伐を推奨する個体——それが上級。
ヴォルカニオンは何かを答えることなくただ、再び腕を掲げた。
「……嘘だろ!?」
空が再び赤く染まっていく。
「また……同じ魔法を……!?」
無数の隕石が、空に浮かび上がる。
誰もが理解した。
今度こそ――耐えられない。
「逃げろォォォォッ!!」
一人、また一人と逃げ出す中、二つの影がヴォルカニオンの前に飛び出した。
「――《サーマルゲイン》」
静かな声が戦場に響いた。
赤く煌めく隕石群に魔力の波動がぶつかり、灼熱を纏っていた巨大な隕石群の炎と熱が一斉に消失する。
赤熱していた表面は急速に黒く染まっていく。
その熱と炎の行く先は、王国騎士団長ルシエルが構える魔導盾だった。
ルシエルのユニーク魔法は対象の熱量を奪う『サーマルゲイン』。
灼熱という現象そのものが、ルシエルの持つ魔導盾に吸い込まれていく。
だが――。
熱を失ったところで、巨大な隕石そのものは残っている。
そのまま落下すれば、純粋な衝撃波が残った騎士や冒険者を襲うだろう。
だが、もう一人ヴォルカニオンに立ち向かう者がいた。白銀のミスリルローブを纏った、猫背気味の三つ編み眼鏡女がルシエルの後ろに隠れていた。
魔法師団長――モルティ。
彼女が高魔力伝導の魔導杖を掲げ、平均的な魔法師の倍はあろうかという魔力を込めて唱えた。
「《エリアコラプス》」
落下する隕石群の手前にポツリポツリと黒い球体が浮かんだと思えば、半透明の膜を展開した。それらに触れた巨大な岩塊は、まるで黒球の中心に向かって進路を変え、圧壊しながら消失していく。
指定したエリア内を空間的に圧縮し粉々に破壊するモルティのユニーク魔法『エリアコラプス』。
爆発は起きない。衝撃波もない。地面が揺れることすらない。
ただ――消え去った。残ったのは静寂のみ。
「…………何が、起こったんだ」
戦場が静まり返る。先ほどまで空を覆っていた無数の隕石は、跡形もなく消滅していた。
ルシエルがゆっくりと魔導盾を下ろし、モルティも大振りの杖の石突きで地面をトンと小突いた。
「まー、こんなもんでしょールシたん」
「油断するなよモルティ。相手は上級の魔物。たまたま今回の相手は相性が良いものの、油断は命取りだと思え」
「出た生真面目」
「グルルルル……」
余裕綽々の二人をヴォルカニオンが見下ろしていた。
巨人の不満げな唸り声が響く。
「……なるほど、不快に思う知能くらいはあるんだね〜」
モルティが眼鏡を押し上げ——
「ま、でもここ最近のまったりデイズを邪魔された私のほうがブチ切れてるんだよねぇ!」
「グル!?」
脈絡もなくブチ切れたモルティはヴォルカニオンの周りに《エリアコラプス》の球体を発現させ、左腕を圧壊させた。
——が、
「再生能力持ちか……だる」
ヴォルカニオンの足元はその熱量で溶岩地帯のようになっており、溶岩を吸い上げて左腕を再生し始めたのだ。
だがそれも魔力あってのもの。再生も無限に出来るわけではない。それに魔法生物には弱点となる魔力核も存在する。そこを叩けば勝負は一瞬でつく。
「ルシたん、速攻でコンボ決めてぶち殺そうや」
「その物言いは極めて無粋だが、おおむね賛成だな。であれば——魔装ギリオン、固有駆動」
ルシエルが起動ワードを言い放つと、右手に持つ魔導剣が蒸気を放出し赤熱を始めた。代わりに赤く光っていた左の魔導盾の魔力光が薄くなる。明らかに熱エネルギーが魔導剣に移っている。この状態で切られれば、切れ味よりも熱で焼き切れるのが先だろう。
魔装ギリオンは魔導工学と冶金技術を融合させたルシエル専用の魔導兵器だ。レグノム王国ではかなり最先端の技術を取り入れた装備である。
「レグノム流騎士剣術」
レグノム王国の騎士剣術は対龍種の剣術である。当然、龍種の堅い巨体を切り裂くことを想定しており、それで言えば巨体のヴォルカニオンもさほど違いはない。
ルシエルは刹那、脱力し——ヴォルカニオンの手が届く範囲まで高速で踏み込んだ。
「一ノ剣・鱗断ち」
ヴォルカニオンの肩から袈裟懸けに熱線の如く一条の剣戟が走った。
次の更新は8/30(日)21:00の予定です。




