銀級への昇格
インペリアルの試練一日目――その夜。
王国軍の仮設陣地、その一角に設けられた大型の天幕の中では、長机を囲むようにして多くの者たちが顔を揃えていた。
第1王子及び王国軍総司令官レオンハルト。
その傍らに立つブレイブ統括者、仮面の紳士ビャクヤ。
そして、近衛メイド隊のモニカ、イブ・ミト。
さらには騎士団、魔法師団の団長・副団長。冒険者ギルドのギルドマスターや特金級・魔銀級など王国軍の中でも屈指の実力者たちが集まっていた。
——なんでまたアタシもぉ?
そしてまたもや場違いなことにホトとキマイラも同席させられていた。お察しの通り、仮拠点で休息中のところをモニカに引きずられてきた次第である。
天幕の外からは、負傷者を治療する者たちの声や明日に備えて飲み食いしながら互いを激励し合う声がかすかに聞こえていた。
「では、一日目の戦況報告を始めます」
騎士団長が立ち上がり、各部署の被害報告書へ視線を落とした。
「まず一般兵士たちですが、全体の約二割が負傷。そのうち重傷者は少数です。死者は想定より少なく抑えられています」
「騎士団は?」
「約一割が負傷。こちらも戦闘継続に支障をきたすほどの重傷者は多くありません。死者は安否不明者含め五人です。」
続いて魔法師団長が報告する。
「魔法師団の被害は軽微です。前衛部隊が魔物を引き付けてくれたおかげで、後衛の魔法師たちは比較的安全に攻撃を継続できました。死者もありません」
「冒険者側は?」
「こちらも約一割ほどが負傷しています。ただし、全体として見れば死傷者は軽微。負傷者も銅級以下がほとんどで継続戦闘の面に支障なし。上出来と言っていいでしょう」
その言葉に、天幕の中にいた者たちが小さく息を吐いた。誰もが疲弊している。だが、最悪の結果だけは避けられた。
「とはいえ……」
騎士団長が表情を引き締める。
「これは、あくまで一日目です」
空気が再び重くなった。
「魔物の数は、こちらの予想を上回っていました。そして何より問題なのは――」
羊皮紙がめくられていく。
「今日確認できなかった上級魔物の存在です。焔連山には灼界巨人、紫氷山には氷結王蠍が生息していたはずですが、今回の群れにはどちらの姿もなかった」
誰も口を挟まない。今後、さらに強力な魔物が戦線へ現れる可能性は高かった。
冒険者の銀級と魔銀級〜魔金級で実力の差が大きく開くように、当然ながら魔物の中級と上級の間にも大きな力の差が存在する。
「二日目は高確率で上級魔物が現れると予測されます。その場合はここにいる面々で対応するのが良いかと」
騎士団長の言葉に反対する者はいなかった。
「ヴォルカニオンはこの騎士団長ルシエルと魔法師団長モルティで対応しよう」
「ああ、やっぱり私もなんですね……仕方がないですね。せめて一瞬でぶち殺して楽ができるように頑張ります」
ミスリルの前進鎧を着込んだ騎士団長ルシエルの横でげんなりする妙齢の女性モルティ。ミスリル糸のローブを羽織り、今どき珍しいゴツいスタッフのザ・魔法師スタイルの人物である。
どちらも十年前までは守護騎士クリスとカトレア、天帝ゼフィとノースという黄金期の裏に隠れていた実力者であった。
この十年でその実力もだいぶ伸び順当に団長クラスに上り詰めた者たちだ。
「んならギルドは、プリズマリーアンタレスだな。特金級から"水聖"リオと魔銀級から"万毒"バスラ、"堅城"グランデの三人でいいか?」
その問いに冒険者側の上位組も頷く。三人とも別のパーティーのリーダー格だが、実力、人格ともに申し分はない。互いに王都では知った名で相手の手札を熟知しており、連携に関しても打ち合わせしておけば問題ないだろう。
「下級、中級の魔物はこれまで通り、各部隊で対処してほしい。そのかわり、上級魔物は我々が確実に仕留よう」
被害を最小限に留めて強者たちで各個撃破していく。それが二日目の基本方針となりそうだった。
――そのとき。
「発言を失礼します。ホト様も上級の魔物の討伐隊に入れてみてはどうでしょう?」
——ほげぇ!? なんでアタシ!?
静かな声が天幕に響いた。ジト目の近衛メイド、モニカだった。
「あの……ホトとは何者ですか、モニカ殿」
騎士団長ルシエルが眉をひそめる。名うての冒険者はある程度記憶しているはずだが、ホトという名前は知らない。
「ここにいる女の子様でございます」
モニカはいつの間にかホトの後ろに回り込んでずいずいと細腕に似合わぬ力で押し出した。
「あわわわ、どうもホトでぇす」
いきなり注目を浴びたことでホトの心臓はバースト寸前であった。
「今日の戦いを遠目から観させていただきましたところ、中級でも上位の氷精霊を単独で倒しておりましたから十分可能だと判断いたします」
「なんと氷精霊を……いえしかしモニカ殿のお言葉とはいえ、いくら何でも、それは……」
騎士団長ルシエルが難色を示した。
「同感です〜。そもそも頭にぬいぐるみを乗っけた女の子なんてイブ様だけで十分ですよぅ」
魔法師団長モルティも棘のある言葉で続いた。
「上級魔物ともなれば、一体だけで壊滅的な被害を出す危険性があります。いくらモニカ殿の推薦とはいえ――」
「――なら、証明して差し上げなさい」
モニカがジトッとした視線をホトと、その頭に乗ったキマイラに向ける。
——なるほど、そう言うことか。
キマイラのぬいぐるみが、のそりと動き地面に飛び降りた。
「え、このぬいぐるみなんで動いて……?」
誰かが疑問を口にしてすぐ、キマイラは誰もいないスペースに到着する。
それを確認したホトは小物の入ったマジックバッグからつらつらと呪文の書かれたメモを手に取り、魔力を込めて唱えた。
「んーと、ホトの名において命ず。ここに頑強にして壮健なる獅子を現したまえ。解錠せよ――――四聖"キマイラ"!!《解錠》!」
ボフッ、と。
ぬいぐるみの身体から大量の煙が噴き出した。
「なっ!?」
敵の罠かと騎士団長が立ち上がった。煙の向こうで、小さな身体が膨れ上がっていく。
毛並みが広がって四肢が伸び、ズンッ、と天幕の床が大きく揺れる。そこにいたのは、もはや愛らしいぬいぐるみではなかった。
黄金色のオリハルコンの毛並みに巨大な四肢。ダマスカスをも引きちぎる鋭い牙。蛇頭を持つ三本の尾。
その巨体は天幕の中では収まりきらず、頭部が天幕の布を押し上げている。
「…………」
全員が絶句した。
キマイラはゆっくりと周囲を見渡す。
「……キマイラ」
魔法師団長が呆然と呟く。
「君のぬいぐるみなのか……?」
「そうっす。あ、正確には師匠の友達です!」
ホトは何でもないことのように答えた。
「普段は迷惑にならないようにぬいぐるみ状態らしいっす!」
それは素晴らしい配慮だな、とホト以外のみんなが同調する。キマイラといえばタイランター帝国を代表する上級の魔物である。町中を連れて歩いたらパニックは必然だ。
「……このキマイラは君の言う事を聞くのかい?」
「そうっすね。師匠がアタシにつけてくれた護衛みたい感じっす!」
「若い騎士殿。吾輩はそこのホトの保護者だ。ホトが上級の魔物と戦うようなことがあれば吾輩がともに戦うよう、その子の師匠より言いつかっている」
騎士団長がキマイラを見上げ、ホトを見る。そして、もう一度キマイラを見た。
ホトの実力と人格はモニカが担保してくれており、そこに上級の魔物でも上位のキマイラがサポートに入るのであれば強力な戦力であるのは確定だ。
「……なるほど、これは確かに心強いな」
先ほどまでの反対意見は、嘘のように消えてしまった。もちろん、それだけで上級魔物との戦闘を任せていいとは限らない。
だが――少なくとも、この少女をただの十三歳の少女として扱うのは間違っている。
「……この際です。魔物といえど、キマイラの手を借りられるのならありがたい」
「あー、俺からもいいか?」
先程ギルドマスターと呼ばれていた強面のおっちゃんが手を上げた。
「俺もその嬢ちゃんの戦いぶりは見ていてな。それに氷精霊だけじゃなく他の中級の魔物相手も難なく倒していた」
難なくは言い過ぎではないだろうかと少しむず痒くなる。
「あとな嬢ちゃん。今日だけで何人助けたと思ってる?」
「え?」
「戦闘能力だけじゃねぇ。負傷した味方が撤退するまで戦線を維持してたし、一人で中級上位を撃破。この功績を聞いて凄い凄いだけで済ませるのはナシだろう。俺の権限で特別に銀級に昇格だ」
「え、いいんです? そんなことして……」
「いいも何も……悪ぃが嬢ちゃんレベルの実力者を銅級にとどめておくのは無理がある。ウチの冒険者たちからも助けられたって話を聞いてるしよ」
確かに何人か助けてたことあったなー、と頬をポリポリかくホト。まさか上の方にまで話題が行っているとは思っても見なかったが。
「ほれ、実はもう作っておいたんだ。受けとんな」
「おっとと」
ぽいっと銀のタグを投げ渡される。ホトはそれをキャッチすると感慨深く見つめるのだった。
首元の銅級タグを外し、銀級のタグに付け替える。
たった一枚の銀のタグ。けれど、それを指先で摘んだホトの胸には、不思議な熱がこみ上げていた。
自分が強くなった証。師匠たちとの修行の日々が、初めて目に見える形になったような気がした。
「銀級かぁ……へへ」
ホトは小さくつぶやいた。
「では、これで会議は終了としよう」
レオンハルトが立ち上がった。
「各自、明日に備えて休息を取れ。今日以上の激戦になろうからな……」
王子の言葉に全員が頷く。本当の地獄は明日からだと、誰もが予感していた。
次回更新は8/23(日)21:00の予定です。




