14.逃走
ドラゴン討伐の翌日。神人は【観測せし者】を行使してギルドへと移動して行った。
「ん~……今日は外食して豪華な物でも食べようか。ね、シズネ。」
「あ、ありがとうございます……」
「もうちょっとだね。こういう時は何を食べる?くらいを訊いてくれるといいかな。」
以前であれば「いってらっしゃいませ」だった。最近になってようやく自分もいっしょに食べさせてもらえるということを理解したシズネは神人の笑みに応えるために頷く。
そんな様子のシズネを見て満足気な神人だったが、その顔は少し後にすぐに塗り替えられることになるのをこの時知らなかった。
まず、神人はギルドに入る前に【観測せし者】を使用して顔色を悪くする。
次いで、取った行動は逃走だ。
(っ! もう王国から人が……!)
「ご主人様?」
突然シズネの手を引いて今来た進路から逆方向に駆け出し始めた神人に訝しげな視線を向けながらシズネは付いて行く。神人はそんな彼女に今得た情報を告げる。
「ギルドで待ち伏せされてる……王国の追手だ。取り敢えず態勢を整えるために逃げないと……問答無用でシズネも殺されかねないから……」
「追手……? 分かりました。逃げましょう。」
正直に言えば何もわかっていないのだが、主の役に立つためにシズネは手を引かれていた状態から自らの力でも走り始める。
(チート持ちの勇者たち相手だ、こっちのチートは知識チートだし戦闘組に勝てるわけがない……逃げた方が良いだろ……どう行けば逃げられる?)
(…………このまま直進の街道より右に逸れ、森へ抜ける道を歩いて下さい。)
(歩く? そうか、慌て過ぎたな……向こうはまだこっちが気付いたことを知らないんだ。気付かれたと思わせたら駄目だった……)
指示に従い、急に歩き始める。シズネは訝しげに思いつつも神人に合わせて歩き始めながら何が起きたのか尋ねる。
神人はシズネに全てを正直に言うべきかどうか悩み、【観測せし者】に質問した。
(言うべきかどうかであれば、現在全てを言う必要はございません。)
(任せるから、ちょうどいい塩梅でシズネに状況報告をお願い。)
頭の中に文が流れて来て神人はその通り、出自の問題で王国に追われていること、そして王国に囚われると自由には動けなくなることをシズネに伝えた。
シズネは彼女の理解できる範囲で神人が誘導したい方向に都合よくその情報を受け取り、飲み込むとこれからどうするのか尋ねる。
(どうする?)
(……あなたの望むままにしなさい。いい歳なんですから……私の仕事は……私たちの王が貴男に授けた【観測せし者】の使い道はあなたの全ての行動に正解を与えることではありません。明確な問いに対して情報をもたらすことなんです。逸脱行為は認められていないので、忠告はこれっきりにさせていただきます。明確な問い、を再試行してください。)
怒られた。出来るんだからやって欲しいと言うのが神人の本音だが、好意で貸されている能力なので文句も言えず、彼はこの世界に降りた当初の目的を果たせるようなプランを考えて【観測せし者】に伝えた。
(俺は森の中で小屋を建てて住むことはできそう?)
(可能です。)
ならば森の中でひっそり暮らそう。そもそもギルドに入っていたのは生活の糧を手にするためだ。ある程度人里で暮らしていた方が危険も軽減され、生活も安定するだろうから住んでいただけであって、危険であれば山中に逃れるのもやぶさかではない。
神人はシズネに山の中で暮らすことを宣言し、付いて来てくれるかどうか尋ねた。対するシズネはある種のプロポーズに近いのではないかと内心で勝手に盛り上がりつつ冷静に首肯する。
「そっか、ありがと。じゃあよろしく。」
「はい……」
荷物をまとめないといけない、必需品を買いこむべきかどうかなど考えている神人を熱の帯びた視線で見るシズネ。
山中に二人きりでこれからずっと過ごすことを宣言されたのだ。仮面をかぶっている限りは顔を知る由もない。体付きだけで見ればシズネにもチャンスがあるのではないか。
いや、いけない。主をそんな邪まな視線で見てはいけないのだ。分をわきまえて誠心誠意お仕えすればあるいは……
また邪念が!
肉まんのようなお面のなかで百面相するシズネのことなど知らず、神人は【観測せし者】の力を借りて突如として失踪したように装えるようなモノの買い方をし、家に戻って荷物をまとめてこの町から逃げ出した。
山中に逃げ込んだ二人はまずは町から森、森から山へと続いて向こう側の町まで続く道沿いにある、山の麓の小屋で人心地着いた。
「それで……見つかりにくい場所は……」
(湖の畔です)
「じゃあそこに家を建てよう……」
一息ついたところで神人はこれからの準備のために【観測せし者】に尋ねて木を斬り、魔術で水気を抜いたり、にかわで合板などを作ったり始めた。
(そろそろ【観測せし者】の効力が切れる頃か……)
神人は【観測せし者】の力によってつくられた結界の中でシズネを見ながら考えた。
(この子も良くついて来てくれるな……まぁ、奴隷として買い受けたのは俺で無理矢理なのかもしれないけど……)
神人が【観測せし者】の指示に従って家を作る作業や食料採取などを行っている間にもずっと気を配ってくれていた。
(なるべく楽な暮らしをさせてあげたかったけどなぁ……こうなったら仕方ない。どうしたらいいかな?)
【観測せし者】の回答はない。能力が切れているのだろう。
神人は結界の力により外に一切漏れない炎の光に当てられながら夜空を見上げた。瞬く星が綺麗に見える。
「どうかされましたか?」
空を見上げているとシズネが神人に訝しげに問いかけてくる。その声も澄み渡るかのような美声であることを今更ながら認識し、神人は夜空の情景に中てられ急に二人きりでいることが気恥ずかしくなってきた。
「いや、空が綺麗だって思ってね……」
「……? そうですね。」
よく分かっていない様子だったが、神人はそれでいいことにして今日は安心して過ごすことが出来る結界の中で眠りに就くことにした。




