ふざけるな(夫視点)
「ハツ江さんは施設に入ってもらう。これ以上、お前たちに任せておいたら命に関わる」
本家の伯父たちにそう一喝され、母さんは自宅から連れ出された。
……まあ、いい。元より介護なんてものは、素人の俺たちじゃなく介護施設がやるべき仕事なのだ。
面会に行きやすいようにと、親戚どもは自宅から一番近い施設を選んで入所させたようだが、俺が足を運ぶ時間なんてない。そんな雑用はミサにでもさせておけばいい。
俺には、そんな事よりも「しなければいけないこと」があるんだ。
あの事件以来、本家からはあからさまに距離を置かれるようになった。それだけならまだしも、親戚に頼まれて入社した会社でも、俺の扱いは一変した。今まで就いていた役職を理由もなく外され、日当たりの悪い窓際へと追いやられたのだ。
……ふざけるな。こんな虫けらのような場所が、この高遠真一にふさわしいわけがない。
俺は辞表を叩きつけた。こんな場所にしがみつく必要などない。自分の力で新しい会社を立ち上げ、見返してやればいいのだ。俺には才能がある。声をかければ、俺のカリスマ性に惹かれてついてくる奴なんていくらでもいるんだよ。
……どうしてこうなった。
集まっていたのは、俺を立てるフリをして金に群がるハイエナどもだけだった。知識も経営能力もない俺は、そいつらの口車に乗せられ、事業資金名目で次々と金を吸い上げられた。
気がついた時には、部下だと思っていた奴らは資金をすべて毟り取り、影も形もなく消え去っていた。
残ったのは、膨れ上がった莫大な借金だけ。
代々受け継いできた高遠の屋敷までもが抵当に入り、差押えの赤い紙が貼られた。心も体もボロボロになり、酒に溺れる日々。
ふと気づくと、ミサの姿も見えなくなっていた。俺が買い与えてやった高級なブランドバッグや装飾品をすべて持てるだけ詰め込んで、俺の前から消えたのだ。
そして、ある日。
俺の屋敷に、見知らぬ男たちがゾロゾロと上がり込んできた。奴らは屋敷の家具や骨董品に次々と手をつけていく。
「おい! やめろ触るな! それは俺の物だ! 俺の家から出ていけ!!」
頭に血が上った俺は、自分の物を荒らす泥棒どもを排除しようと、奴らに取っ組みかかった。暴れ、叫び、必死に抵抗した。俺の屋敷だ、俺の財産だ、この泥棒め!
「公務執行妨害および暴行の容疑で逮捕する!」
冷たい金属の感触が、俺の両手首を締めあげた。床に押しつけられ、視界が歪む。
「おい、何をする! お前ら俺を誰だと思ってるんだ! 高遠家の当主だぞ!」
取っ組み合った男に向かって、俺は怒声を張り上げた。だが、押さえつける力は増すばかりで、俺の腕をがっちり拘束して離さない。
「静かにしなさい! 話は署で聞く!」
首根っこを掴まれ、無理やり立たされる。視界の端で、差し押さえの紙が貼られた先祖代々の骨董品や家具が、見知らぬ男たちの手で淡々と運び出されていくのが見えた。
ふざけるな。こんなの何かの間違いだ。
俺は高遠真一だぞ。名門の血を引き、これから己の力で一花咲かせる人間なんだ。今は少しだけ運が悪かっただけだ。親戚どもが俺の才能を理解せず、集まってきた無能どもに足を引っ張られただけだ。
事情を説明すれば、すぐに誤解は解ける。
これが終わったら、本家の伯父に連絡して金を融通させよう。ミサだって、俺がまた一花咲かせればすぐに戻ってくるに決まっている。差押えだって、弁護士を雇って異議申し立てをすればいいだけの話だ。
「離せ! 俺はこんな扱いをされる男じゃないんだよ! お前ら全員覚えてろよ!!」
護送車の後部座席に押し込まれながら、俺は叫び続けた。
自分がすべてを失い、二度と這い上がれないどん底に叩き落とされたことにも気づかないまま、俺はまだ、ありもしない「高遠家の威光」と「成功する未来」を信じ切っていた。
作者の別の作品です
『異世界転移したら、地球を所有してました。その裏で、地球では大騒動が始まっていた』
今現在、地球に熱狂の嵐を引き起こしています 良かったら読んで下さい




