小野寺さん
僕はできるだけ平静を装ってフードコートに入る。
「お待たせしました」
声をかけた僕と紬に、理子さんはその女性を紹介してくれた。
朗らかに小野寺葉子と名乗ったその女性は、理子さんが昔お世話になった人だそうだ。
理子さんはもう少し日用品を買ってくると言って紬と席を立った。
男がいると買いにくいものもあると言われて、僕は小野寺さんとふたりでテーブルに残される。
「奏汰君」
「あ、はい」
「大変だったねぇ。いま大学生?」
「はい。N大の経営学部に、あ、……もう、やめるんですけど」
それどころじゃなくて、すっかり頭から抜けていた。
仕方がないことだと分かっているのに、ちゃんと寝てちゃんと食べていると欲が出てくるのか、大学生という立場を失う事実がじくりと胸を刺した。
大学の友達が今も楽しくサークルに行ったりしているのかと思うと、羨ましくて、悲しくなる。
「ご実家はどちらなの?」
「M県のK市です。遠いんで、大学の近くに下宿してました」
「あら、じゃあ一人暮らししてたのね。ごはんはどうしてたの?」
「あんまりお金ないので、できるだけ自炊してました。
あとはバイト先のドラッグストアで廃棄前の惣菜に先輩が半額シール貼るのを待ち構えたり」
「あら、賢い。そっか、今は廃棄とか貰えないのよね」
ゆったりとした服装の彼女はにこにこと楽しそうに喋る。
そのまましばらく世間話をした。
小野寺さんも公務員で、最近定年退職したけど、週に四日の勤務で引き続き働いているそうだ。
「理子さんの先輩ですか?」
「ううん。全然違うところ。
りっちゃんとは、ちょうどりっちゃんが紬さんと同い年の時に知り合って、お友達なの」
「お友達……」
「大人になると、歳が離れたお友達が増えるわよ」
小野寺さんはとても話しやすい人で、初めは僕に対する疑惑を払拭しないと、と気を張っていたが、いつの間にか自然にお喋りしていた。
穏やかな大人の人と話すのは久しぶりだった。
彼女は紬の健康状態も気にしてくれて、色々聞いてくる。
声が出ないことについては、落ち着き次第病院に行くことを勧められた。
紬が嫌がらないなら、時間が合えば一緒に行ってくれるという。
「……どうしてそんな、親切にしてくれるんですか」
率直に聞くと、小野寺さんは首を傾げた。
「結婚までしたりっちゃんに比べて、何もたいしたことはしてないけど?」
確かにそうだ。
きっと小野寺さんも、子どもを守ってくれる大人なんだろう。
「あのね、連絡先を交換しておいてもいいかしら?
りっちゃんは残業も多いし、歳の近い女性だから、もしかしたら相談しにくいことも出てくるかもしれないじゃない?
用がなければ連絡しなくていいから」
「あ、はい」
小野寺さんは慣れない手つきでスマホを操作する。
登録を終えて、僕の顔をじっと見てから、にこりと笑った。
「――紬さんは、奏汰君がいて良かったわね」
その優しい言葉が、胸に沁みる。
「……そう、でしょうか。
僕、もう二十一なのに何も知らないし、……何もできなくて。
理子さんが助けてくれなかったら……」
「ご両親が、学生のうちは守ってくれるお家だったんだもの、それは仕方のないことよ。
なにより、あなたが信頼できるお兄ちゃんだったから、紬さんはあなたに相談できたの。それは凄いことよ」
返事ができない僕に、小野寺さんは力強く言う。
「頑張ったわね。
まだしばらく大変だろうけど、もう紬さんを公園で寝かせないといけないようなことはなくなるわ」
「…………はい」
涙を堪えながら僕は、それが心底欲しかった言葉だったのだと、思った。




