ショッピングモールのフードコート
次はホームセンターとショッピングモールへ向かう。
当面の普段着や日用品を揃えるためだ。
理子さんに買い物リストを渡され、予算は六万だと言われる。
六万。
僕がやってたバイトのひと月分だ。
しかも多めの時の。
「理子さんって、お金持ちなんですか」
「なんでよ。毎月爪に火を灯すように生きてるわよ」
「爪に? どういう意味ですか」
理子さんは眉を寄せて目を細める。
「……若い子には通じないか……」
若い子。
僕は、今日からこの人の夫になったはずなのに。
本当に紙を一枚書いただけという温度感に、困惑と安心が入り乱れる。
「お仕事、何してるのか聞いてもいいですか」
「公務員」
言われてみると、役所にいそうな感じがする。
理子さんがぽつりと言葉を落とした。
「……日本の行政は、めんどくさいけど、それなりにちゃんとしてるのよ。
……頭のおかしな人間が関わってさえなければ」
なんと返すべきか分からない。
黙っていると、理子さんはぱっと顔をあげた。
「じゃあ、必要ならリストにないものでも買っていいわ。フードコートで待ってる」
そう言ってすたすたと立ち去った。
二時間後、買い物袋を抱えてフードコートへ向かう。
六万円なんて大金だと思っていたのに、安いのを探して余ったら返そうと思っていたのに、二人分の服と日用品で殆どなくなってしまった。
見つけた理子さんは、フードコートの角で誰かとコーヒーを飲んでいた。
今朝、理子さんに婚姻届を渡していた年配の女性だ。
紬が僕の袖を引く。
『トイレ』
「あ、うん、ここで待ってるから行ってきな」
買い物袋を預かって、柱の影に立っていると、理子さんたちの会話が小さく聞こえてくる。
「急な電話でびっくりしたわぁ」
「葉子さんには、いつも迷惑ばかりかけて、すみません」
「別にいいわよ、証人欄くらい。ちゃんと同居するなら、なんのリスクもないわ」
女性は明るく笑う。
「猫をよく拾うなぁとは思ってたけど、夫まで拾うとはね」
「それはどうでもいいの。
中学生の女の子を、変態の餌食にさせられないと思ったの。
他に、方法が思いつかなくて……」
「でも、りっちゃんがそこまでしてあげる必要、ほんとにある?」
女性の言葉に、僕の心臓が焦りで跳ねる。
理子さんの、僕に話すのとは全然違う優しい声が、悲しそうに答えた。
「……夜に、泣いて飛び起きるの。
声も出ないのに、嗚咽を我慢して、泣いてるの。何度も。
……私が見捨てたら、この子、どうなっちゃうのかと思ったら、……」
言葉が止まる。
それを背中で聞いて、僕は、ありがたくて涙が出そうになった。
年配の女性の声が続く。
「議員はねぇ……タチの悪いのの方が影響力あるからねぇ……。
止めてもきかなかったから、この際応援するけど。
男の子も一緒に暮らすのよね? 大丈夫?」
「……すっごい、やだ……」
本気の嘆きに、柱の影でどきりとする。
紬や小町には向けられない、理子さんの厳しい目つきを思い出す。
やはり、僕が最初に鞄を盗もうとしたせいだろうか。
後悔に気分が沈む。
理子さんの声は続く。
「……でも、……それでも、彼女を見捨てる自分の方が嫌だって、思ったの。
……葉子さんが手を差し伸べてくれた十四歳の自分に、顔向けできない」
「いやぁ、あたしは別に、そんな大したことはしてないけどね。
まぁ恩義を感じてくれてるなら、約束して。
あたしがこれは駄目だと思ったら、手を引くって」
「……はい」
神妙な調子の声。
僕が、理子さんに何か悪さをすると思われているのだろうか。
俯いていると、紬が軽い足取りで戻ってきた。




