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僕の奥さん、のようなひと  作者: 花鶏
§ 藤村奏汰になりました §
6/8

ショッピングモールのフードコート


 次はホームセンターとショッピングモールへ向かう。

 当面の普段着や日用品を揃えるためだ。


 理子さんに買い物リストを渡され、予算は六万だと言われる。


 六万。


 僕がやってたバイトのひと月分だ。

 しかも多めの時の。


「理子さんって、お金持ちなんですか」

「なんでよ。毎月爪に火を灯すように生きてるわよ」

「爪に? どういう意味ですか」


 理子さんは眉を寄せて目を細める。


「……若い子には通じないか……」


 若い子。

 僕は、今日からこの人の夫になったはずなのに。


 本当に紙を一枚書いただけという温度感に、困惑と安心が入り乱れる。


「お仕事、何してるのか聞いてもいいですか」

「公務員」


 言われてみると、役所にいそうな感じがする。

 理子さんがぽつりと言葉を落とした。


「……日本の行政は、めんどくさいけど、それなりにちゃんとしてるのよ。

 ……頭のおかしな人間が関わってさえなければ」


 なんと返すべきか分からない。

 黙っていると、理子さんはぱっと顔をあげた。


「じゃあ、必要ならリストにないものでも買っていいわ。フードコートで待ってる」


 そう言ってすたすたと立ち去った。



 二時間後、買い物袋を抱えてフードコートへ向かう。

 六万円なんて大金だと思っていたのに、安いのを探して余ったら返そうと思っていたのに、二人分の服と日用品で殆どなくなってしまった。


 見つけた理子さんは、フードコートの角で誰かとコーヒーを飲んでいた。

 今朝、理子さんに婚姻届を渡していた年配の女性だ。


 紬が僕の袖を引く。


『トイレ』

「あ、うん、ここで待ってるから行ってきな」


 買い物袋を預かって、柱の影に立っていると、理子さんたちの会話が小さく聞こえてくる。


「急な電話でびっくりしたわぁ」

「葉子さんには、いつも迷惑ばかりかけて、すみません」

「別にいいわよ、証人欄くらい。ちゃんと同居するなら、なんのリスクもないわ」


 女性は明るく笑う。


「猫をよく拾うなぁとは思ってたけど、夫まで拾うとはね」

「それはどうでもいいの。

 中学生の女の子を、変態の餌食にさせられないと思ったの。

 他に、方法が思いつかなくて……」

「でも、りっちゃんがそこまでしてあげる必要、ほんとにある?」


 女性の言葉に、僕の心臓が焦りで跳ねる。

 理子さんの、僕に話すのとは全然違う優しい声が、悲しそうに答えた。


「……夜に、泣いて飛び起きるの。

 声も出ないのに、嗚咽を我慢して、泣いてるの。何度も。

 ……私が見捨てたら、この子、どうなっちゃうのかと思ったら、……」


 言葉が止まる。


 それを背中で聞いて、僕は、ありがたくて涙が出そうになった。


 年配の女性の声が続く。


「議員はねぇ……タチの悪いのの方が影響力あるからねぇ……。

 止めてもきかなかったから、この際応援するけど。

 男の子も一緒に暮らすのよね? 大丈夫?」


「……すっごい、やだ……」


 本気の嘆きに、柱の影でどきりとする。

 紬や小町には向けられない、理子さんの厳しい目つきを思い出す。


 やはり、僕が最初に鞄を盗もうとしたせいだろうか。

 後悔に気分が沈む。


 理子さんの声は続く。


「……でも、……それでも、彼女を見捨てる自分の方が嫌だって、思ったの。

 ……葉子さんが手を差し伸べてくれた十四歳の自分に、顔向けできない」

「いやぁ、あたしは別に、そんな大したことはしてないけどね。

 まぁ恩義を感じてくれてるなら、約束して。

 あたしがこれは駄目だと思ったら、手を引くって」

「……はい」


 神妙な調子の声。


 僕が、理子さんに何か悪さをすると思われているのだろうか。


 俯いていると、紬が軽い足取りで戻ってきた。


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