過ぎゆく穏やかな日々
六月。
紬の体育祭に、小野寺さんと二人で応援に行った。
理子さんは家族が応援に行くという発想がなかったらしく、事前に休暇申請をしていなくて、仕事を休めなかった。
小さくなって謝る理子さんに、紬は、高校の運動会は見にきてねと約束をとりつけていた。
僕の妹はほんとに賢い。
七月。
紬の三者面談で、進路相談をした。
二年生で両親を亡くして、数ヶ月間のブランクがあったにもかかわらず、近くの公立を十分狙える学力だった。
担任の先生が明るく頑張り屋さんだと褒めてくれて、僕は鼻が高かった。
いつの間にか頻繁にLINEするようになった小野寺さんに、自慢メールを送る。
僕たちのような関係をメル友というのだそうだ。
小野寺さんは、紬を褒めてくれつつも、僕のことも気にかけてくれた。
社会人になったら時間がなくなるので、最後の学生時代を満喫しなさい、友達と旅行にでも行ったらどうか、とのこと。
紬を置いて泊まりで出かけるなんてできないと返事をしたら、それくらいは甘えていいと言われた。
ちょうど長谷川の就職も決まっていたので、安田と三人で旅行に行くことにした。
安田のたっての希望で一週間の無人島キャンプになり、酷い目にあった。楽しかった。
殆どスマホに触らない生活がすごく新鮮だった。
秋から冬にかけては、紬の受験勉強のサポートだ。
ちょうど良いので僕も一緒に2級土木施工管理技士の勉強をする。
法改正の参考書を抱きしめて「混ぜてもらっていい?」と遠慮がちに聞いてくる理子さんと三人でテーブルを囲んだ。
理子さんも六年前に一次試験を受けているそうで、馴染みのない単語に苦戦する僕に分かりやすく解説してくれた。
たまに「今はそうなってるのね」と僕の問題集を興味深げに覗き込む。
シャーペンの音と、紙を捲る音だけが聞こえるリビングでこうやって勉強していると、まるで三人が同級生みたいで、僕はなんだか楽しかった。
小町は毎日のように誰かの参考書の上に丸まって邪魔をしてきた。
年が明けて、二月。
紬の入試が終わって、僕の卒論も終わって、今年度のイベントは紬の合格発表と、僕と紬の卒業式を残すのみだ。
それが終わったら、僕は社会人になる。
年始からぼちぼち物件を探して、引っ越し先も決まっている。
僕の会社と、紬の志望校ふたつのどちらにも電車一本で通える場所。
駅から徒歩十分で、少し遠回りすれば良い感じのスーパーがある。
台所が広めの、古いけどリノベーション済みの2LDK。――理子さんのマンションから少し遠いことだけが残念だ。
荷物を少しずつ片付け始める。
四畳半に置いてもらった棚が、ひとつずつ空いていく。
リビングが少しずつ、理子さんがひとりで暮らしていた頃の姿に戻っていく。
三月、紬のスマホを囲んで、固唾を飲んで合格発表を見守る。
「受かったぁ!!」
飛び跳ねる紬に振り回された小町が慌てて箪笥の上に逃げ込んだ。
僕は安心と喜びのあまりうっかり涙目になって、紬に呆れられた。





