鈴木議員との決着
「……それが、なんだね」
「これ以上僕たちに関わるなら、選挙の直前に、録音を地元新聞に送ります。
SNSにもアップします。
親戚中と、地元の友だちにも送ります。
紬の後見人審査の時、紬は調査官に全部話したと言ってました。
その記録も残ってるはずです」
「……私を脅す気か」
「僕に鈴木さんを脅す力なんて、ないです。
でも貴方が紬と理子さんにこれ以上何かするなら、僕は、勝てなくても喧嘩するしかない」
鈴木の眉間に深く皺が寄る。
虹彩が、答えを探すように左右に揺れた。
短い時間で持ち直した鈴木は、また視線を僕に向ける。
「仮に――仮に、君の言うことが本当だとして、そんなことをすれば、紬ちゃんの評判に傷がつくぞ」
「紬とは、理子さんを守るためなら、僕たちの持っているものは全部使うと、話し合って決めています」
「奏汰くん。君はあの女がどんな人間か分かっていない。
ここに調査させた資料が、」
「――そんなものはどうでもいい!」
僕の大声に、鞄から封筒を取り出した鈴木の手が揺れ、封筒はぱさりとテーブルに落ちた。
「貴方が父の遺産を隠してたせいで、僕は自分は無一文だと思ってた!
理子さんは、僕ひとりじゃ紬を守れないから、紬のために、何も持ってない僕と結婚してくれた。
それなのに職場で噂なんか立てられて」
(――ああ、)
怒鳴ってしまった。
冷静に、対等に話せるように、理性的に振る舞わないと、と思っていたのに。
ほんとに僕は、何もできない、ただの子どもだ。
悔しくて、悲しくて、歯止めが効かない。
「遺産なんか、理子さんが欲しいなら、全部あげたっていいんだよ! それで一緒に暮らしてくれるなら!
なのにこんな騒ぎになって――別れる別れるって言われて、毎回、僕がどれだけ必死に引き留めてると思ってるんだ!」
面接ブースの中が静まり返り、僕の荒い呼吸だけが響く。
理子さんの上司が目を見開いているのが視界の端に映る。
鈴木が何とも言えない顔で僕を見て、何度か咳払いした。
「いや、その。君が、ご両親を亡くして大変だろうと……
心配していたんだが、藤村さんが、そんな人ではなかったというなら、それは良かった。
それならもう、私が口を挟むことでもないな」
善意の親戚だという体裁を保ったまま、引き際を探す言葉。――手を引く、と言っているのだ。
僕は精一杯平静を装って確約をとる。
「――そうです。もう、僕たちのことは、心配しないでください」
「正俊のことも、藤村さんのことも、お互いの勘違いだ。そうだね?」
「貴方たちが関わってこなければ、僕はこれ以上貴方たちに割く時間はありません」
「分かった。子ども扱いしてしまってすまなかったね。
野中課長さんにも、突然時間をとらせてしまい、申し訳なかった」
「あ、いえ、誤解が解けたなら良かったです」
そのまま立ち上がる鈴木に僕はテーブルの上の封筒を拾って差し出す。
「忘れてますよ」
「もう不要なものだ。好きに処分しなさい」
そう言って、鈴木は何事もなかったかのように面接ブースを出て行った。
ブースを出ると周囲の職員がみんなこちらを見ている。
心なしか、先ほどまでのピリピリした空気ではなくなっている。
脇のソファに座る理子さんが、顔を紅潮させて、目を見開いて僕を見ていた。
「あ、理子さん、顔色良くなりましたね。良かっ」
「――大声で何を言ってるの!!」
真っ赤な顔で怒鳴られる。
わなわなと唇を震わせて、眉を吊り上げて、鋭く僕を睨んでくる。
めちゃくちゃ怒っている。
「ごめんなさい」
「あん、あんなっ、あなた、大声で、あんな、」
「ごめんなさい。理子さん、落ち着いて」
「そもそも、仕事場に、何しにきたのよ!」
周囲の視線が生温い。
さっき自分が叫んだ内容を思い出して、僕は気恥ずかしさに次の言葉が出てこなかった。
理子さんの怒りにたじろいでいる僕に、先ほど紙袋を預かってくれた村井さんが寄ってくる。
「旦那さん。これ、お返ししますね」
大きな花束の入った紙袋を渡されて、僕は少し途方に暮れる。
理子さんが元気になるようにと選んでもらった、ひと抱えほどもある、明るい色の花束。
(……この空気で、これを、どうしたらいいんだ……)
どうしたらもこうしたらも。
理子さんに渡すために買ったのだから、理子さんに渡すしかない。
「これを渡したくて。
突然来ちゃってごめんなさい。
お誕生日おめでとうございます」
花束を押し付けると、周囲から「おぉ〜」と低く歓声があがる。
理子さんは涙目で、カウンターに置いてあったバインダーで僕の頭を思いっきり叩いた。
夜、小野寺さんがマンションにやってきて、四人で理子さんの誕生日会をした。
僕は前日から仕込んでいたぶり大根を振る舞う。
理子さんの反応をちらちらと盗み見ていると、怖い顔で「美味しいわよ!」と褒めてくれた。
食後に県庁での出来事を話す。
紬の評判をも天秤にかけたことは、紬は褒めてくれたが、理子さんには怒られた。
花束が入っていた紙袋を片付けようとして、中の封筒のことを思い出す。
鈴木が、理子さんを調べさせたと言っていた封筒だ。
理子さんに差し出すと、理子さんはじっと封筒を見つめたまま固まってしまった。
「私が預かっとくわ」
小野寺さんがソファからこちらを見ていた。
「りっちゃんの、お母さんのことが書いてあるかもしれないのよね?
いつか必要になるかもしれないし、かと言って置いておくのも嫌でしょ?」
理子さんが泣きそうな顔で小野寺さんを見た。
「でも、また、迷惑……」
「別に封筒ひとつくらい、箪笥の奥に放り込んで忘れちゃうだけよ。
私にとってはどうでもいい情報だもの」
そう言って差し出された手に、理子さんは封筒を預けた。
安心した吐息に、理子さんがどれだけ小野寺さんを頼りにしてるか分かる。
(……僕のことだって、もう少し、頼りにしてくれたっていいのに)
子どものように拗ねてしまう自分を自覚して、僕は黙って冷蔵庫から大成功の苺のタルトを出した。





