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僕の奥さん、のようなひと  作者: 花鶏
§ 鈴木議員との決着 §
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鈴木議員の嫌がらせ


 理子さんは洋食より和食の方が好きだが、洋食の中では魚介のグラタンが好きだ。

 初めて作った日に、チュールを見つけた小町のような顔でちびちび食べていたので間違いない。

 理子さんのご機嫌をとるために、冷蔵庫の残り物を無視して買い物に行ったのだ。


 グラタンをつつきながら、今日県庁で聞いてしまったことを、少しオブラートに包みながら話す。

 理子さんはしばらく黙っていた。


「……県庁に、県議員から問い合わせが入ったらしいの」


 僕たちの親戚の鈴木議員は、直接理子さんの職場とは関係がない。

 だがこの県にもあいつと同じ派閥の議員がいる。

 その議員から、知人の親戚の大学生が県職員の女に騙されているようで心配だと、職場に問い合わせが入ったらしい。


 理子さんは上司に呼ばれて事情を聞かれたそうだ。

 あまりの卑劣な嫌がらせに、僕は血が沸騰するかと思った。


 理子さんは落ち着いていたが、疲れた様子で説明を続ける。


「騙した、つもりじゃなかったけど、弱ってる若い子を唆して結婚したのは事実だし、……上手く躱せなくて……」

「――はぁ!?」


 うっかり大きな声を出してしまい、理子さんの肩がびくりと跳ねた。

 紬に蹴られて、慌てて音量を落とす。


「僕たちを助けるためでしょう?

 なんでそんな風に考えるんですか」

「結果として意味なかったわ」

「そんなの結果論じゃないですか」


「偽装結婚だし……」

「何か悪いことしてますか?

 婚姻届出して、一緒に暮らしてるじゃないですか。

 ちょっと変わってたかもしれないけど、恋愛結婚じゃなきゃ悪いなんて言ったら、僕の両親だってお見合いですよ」


 理子さんが世間の当たり前を説き、僕が制度の矛盾を突く。


(なんだか、あの時と、真逆だな)


 婚姻届を出した時の困惑が、もう随分と遠い。


 奇妙な経緯だったことは認める。

 だがこの生活が間違いだなんて、誰にも言われたくない。

 あの時に理子さんが差し伸べてくれた手が、僕に、紬にとって、どれだけのものだったかも知らないくせに。


 理子さんは、僕の言葉など聞こえないかのように淡々と続ける。


「もう後見人の選任も済んだし、お金の心配もないんだから……こんな歪な関係は清算して、早く正しい形に戻るべきだわ」


 歪な関係。


 よりによって理子さん自身から発せられた、この生活を全否定する言葉に、僕の中で何かがキレた。


「……全然、話が通じない……」


 何度も言ってるのに。


 僕は理子さんとの出会いを幸運だと思ってるって、何度も言っているのに。


 僕の言葉を、まるで聞いてくれない。


「……分かりました」

「お兄ちゃん?」

「理子さんが、別に僕を嫌いで言ってるわけじゃないのは分かりました。

 ――離婚なんて、絶対してあげません」


 理子さんが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

 それから呆れた声を出した。


「……何を、言っているの……」


 苛ついている僕はそのまま畳みかける。


「明日は一緒に職場まで行きます。

 おかしな噂をしてる人をひとりずつ捕まえて、僕は騙されてなんかいないって説明します」

「はぁぁ!? つ、連れて行くわけないでしょ! ばかなこと言わないで」


「だって、そんな噂があるから、僕は追い出されちゃうんでしょ」


「そっ……えぇ……?」


 僕は開き直ってグラタンを口に運ぶ。


 呆然とした理子さんが、理解が追いつかない顔で眉を下げた。


「……なんなのよ……」


 大きく溜め息をつく。


「……分かった、出てかなくていいわ。

 どうせ、噂なんて、しばらくすれば消えるんだから……」


 疲れた顔の理子さんは、そう言って黙々とグラタンを食べ始めた。



 その夜、電気を落とした四畳半で、隣の布団から紬が話しかけてきた。


「お兄ちゃん。りこちゃん、困ったことになってる?」

「……うん」


「私たち、でてった方が、いい?」


 小さな声が震えている。


「そうかもしれない。……いざとなったら、兄ちゃんだけ近くのアパート借りるよ。

 きっと理子さんは紬のことは置いてくれる。心配すんな」

「うん……」


 暗闇の中で、紬のシルエットが動く。


「あのね、初めて、ここに来た日ね。

 私、りこちゃんのベッドで寝てたでしょ。

 夜、何回もりこちゃんを起こしちゃって、私、追い出されるって思った。

 でもりこちゃん、ずっと背中を摩っててくれた。

 ずっと、大丈夫よ、って言ってくれた」


 紬の手が、僕の布団をつんつんと引っ張る。


「――お兄ちゃん、りこちゃんのことも守ってね。

 私も何でもする。私のお金とか、全部使ってもいいから。

 私を守ってくれたみたいに、りこちゃんも守ってね」


「……うん」


 紬の中では、僕が紬を守ったことになっているのか。

 何もできなくて、お腹を空かさせて、寒い思いをさせてしまったのに。

 声が出なくなるまで、紬の状況に気づくこともできなかったのに。


 僕は目頭が熱くなって、そのまま布団を頭まで被って寝た。


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