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僕の奥さん、のようなひと  作者: 花鶏
§ 最後の帰省 §
29/44

思い出の模造紙


 年末、三人で実家へ向かった。


 今回は二泊の予定なので、電車とバスを乗り継ぐ。


 あれから三日、僕は必死に紬のご機嫌をとっていたが、成果は芳しくない。

 今回の道程に理子さんがいてくれて本当に助かった。


 理子さんはあまり世間話をしない。

 一緒にいても黙っていることが当たり前なこの空気は、僕と紬では出せない。


 坂道をのぼって、家に辿り着く。

 電気とガスと水道に問題ないことを確認して、僕が自転車でスーパーに買い出しに行く。


 軽く腹ごしらえをしたら、片付けの始まりだ。

 僕が父さんの、紬が母さんのものを担当することにした。


 お金関係の固めてある棚は前回遺産を確認した時にざっと見たので、アルバムや趣味のものが入っている棚を確認する。

 父さんの本棚に、料理本がいくつか並んでいることに驚く。

 スパイスから作るカレーだとか、鰹節の削り方だとかの本格的な本。

 料理なんか、してるの見たことないのに。


 横で紬が何かを見つけて、ぱっと僕の方を見て、それから思い出したようにぷいっとそっぽを向く。


「……紬。僕が悪かったよ」


 僕のもう何度目か分からない謝罪を紬は聞こえないふりをして、母さんのものらしい段ボールを開けていた。


 ふたりはきっと、僕たちにこんな風に漁られることなど、全然想定していなかっただろう。

 しっかり見た方がいいのか、逆に見ないまま業者に持っていってもらった方がいいのか、僕には分からなかった。


 三人で居間の片付けに着手する。

 押し入れの奥から畳んで突っ込んだままの大きなクリーム色の紙が何枚も出てきた。

 母さんが定期的に作っていた家族写真の貼った模造紙だ。

 鈴木親子に剥がされたのだろう。


 なんとなく引っ張り出して床に広げる。

 手書きの文字で解説の加えられた写真が、懐かしい時間を呼び起こす。

 何枚か捲ると、だんだんと模造紙が褪色したものになっていく。

 生まれたばかりの紬を小学生の僕が抱っこしている。


 理子さんがじっと見入っているのに気づいて、僕は自然と解説を始めた。


 この写真は僕のお食い初めの日。

 こっちは七五三。

 初めてお絵描きした日。

 全然覚えていないけど、母さんの少し丸い文字が全部教えてくれる。

 紬が初めてつかまり立ちをした日。

 紬に誕生日のケーキをぐちゃぐちゃにされて泣いてる僕。

 これは父さんが紬に買ってきたぬいぐるみで、こっちは庭のビニールプール。


 理子さんは無表情で黙って聞いている。


 僕は一拍遅れて、先日喫茶店で聞いた理子さんの話を思い出した。


(――しまった)


 家族自慢のようなことをしてしまった。

 自分の配慮のなさに謝ろうとして、謝るのも失礼な気がして、俯いてしまう。


 どうしようと焦っていると隣からしゃくりあげる音が聞こえた。

 顔をあげると、模造紙の前にしゃがみ込んでいた紬の目からぽろぽろと涙が溢れている。


「紬」

「……っ、ぅ、……ぅあぁぁっ」


 そのまま堰を切ったように、大声で泣き出した。


「……お、おとっ……お父さん、お母、さん……」


 慟哭の中に、もういないふたりを呼ぶ声。


 胸が潰れるような悲しい声が、何度も何度も大好きなふたりを呼ぶ。


「……紬」


 もう、父さんも母さんも、いない。


 それでも僕には、ここに会いにきた僕たちのために、ふたりが紬の声を取り戻してくれたように思えた。


 とめどないこの感情が何なのか分からないまま、紬を抱き寄せる。

 壊れてしまいそうな妹をこの世界に繋ぎ止めるように、何度もただ名前を呼ぶ。

 僕は居間のソファの上で、紬が泣き止むまでずっと抱っこしていた。


 何時間も泣いて、声を枯らせて、紬はようやく落ち着いた。


 小さな肩が震えている。しゃくり上げる声が静かな部屋に溶けていく。


 台所から、とんとんと小さく包丁の音が聞こえる。


 しばらくして、紬が掠れた小さな声で言った。


「……りこちゃんもいるのに、泣いたりして、ごめんね」


 僕は紬の頭に顎を乗せる。


「紬が先に泣いてくれたから、僕は泣かずに済んだよ。

 理子さんにかっこ悪いとこ見られて、また呆れられるとこだった」


 紬が少し笑う気配がした。


「声、喋って、大丈夫そうか?」

「うん」


 まだ小さく掠れた声だったが、紬とスマホなしで会話できることが嬉しかった。

 ぎゅっと抱きしめて、顎をぐりぐりと丸い頭に押し付ける。


「お兄ちゃん、痛い」

「……怖い顔するなって、簡単に言って、ごめんな」


 紬は少し黙ってから、僕の腕に顔を埋めた。


「先生が、優しいの、知ってる。

 でも、体も声も大きくて、怖い」

「うん」

「失礼だっていうの、言われて気づいた。気をつける。

 ……でも、お兄ちゃんは、そういうこと、言わないで」


「……うん。ごめん」


 僕は紬の味方だ。

 それは、絶対のことなのだ。

 誰が紬を責めても、僕だけは、怖くてもいいよって言ってあげないといけなかった。


 紬は思い出したように僕の手の甲を抓る。


「あと、私が笑うのは、男の子にモテるためじゃない。デリカシーなさすぎ」

「はい。すみません」


 紬が落ち着いたのを見計らって、理子さんが台所から顔を出す。


「……あのね」


 普段の理子さんらしからぬ、こちらの機嫌を伺うような声。


「……肉じゃが、作ってみたけど……全然美味しくない」


 耳を赤くしてぼそぼそと喋る。

 そんな彼女の存在が嬉しくて、僕たちはようやく本当に笑うことができた。

 美味しくない肉じゃがをレスキューすべく、僕たちは台所へ向かった。



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