拒絶の目
紬の終業式の日、僕は校門の前で紬を待っていた。
顔を叩く風が冷たい。
ダウンジャケットの前を合わせながら、ちらほらと出てくる生徒たちを眺める。
紬が同級生と一緒に荷物をたくさん抱えて笑顔で歩いてくる。
声も出ないのに頑張っている紬が誇らしくて、鼻の頭が少しつんとした。
その後ろから、ジャージ姿の大柄な先生が追いついてくる。
がっしりした肩幅で、縦にも横にもでかい。
ひとりひとりに元気に声をかけながら生徒を送り出している。
「高遠、声出ないのに頑張ってたな!
来学期も元気な顔見せてくれ」
紬を追い越しがてら、肩を叩こうと手を伸ばす。
紬がさっと身を引いた。
眉を寄せて、先生を上目遣いに見る。
――その目つきに、僕の心臓がどきりと跳ねた。
先生は少し驚いた顔をしてから、気まずそうに苦笑して、そのまま次の生徒に声をかけていく。
紬が僕を見つけてぱっと笑顔になり、隣の女の子に頷いてから駆け寄ってくる。
荷物を抱えたまま体当たりしてくる紬を受け止めながらも、僕の頭の中には嫌悪感の滲んだ紬の目つきが焼きついていた。
触らないで、と言葉よりも強く主張する目。――理子さんが、時々僕を見るのと同じ目。
最近はあまり見なくなったけど、またいつ向けられるか分からない、明確な拒絶。
「紬。何もしてないのにそんな目で見られたら、傷つくよ」
口をついて出た自分の言葉に驚く。
間違ったことは言っていないはずだが、別の何かが混同している。
嫌な感じの何かが。
紬が僕の顔を見上げる。
まっすぐな目に、先ほどの言葉の欺瞞を指摘されたような気がして、僕は慌てて余計なことを口走る。
「えっと、ほら、声をかけてくれた先生に、そういう態度は失礼だろ。
紬は可愛いんだから、にこにこしてろよ。
怖い顔してたら男の子にモテないぞ?」
冗談めかして諭す僕に、紬は一瞬、化け物でも見たような目をして――それから顔をみるみる真っ赤にして、眉をつりあげた。
大きな目に、みるみる涙が盛り上がり、あふれ落ちる。
紬は泣きながら、抱えていた荷物を僕に投げつけた。
体操袋、シューズ袋、リコーダー。
「ちょ、紬! 痛い! なんだよ!?」
最後に首から下げていたスマホが顔面に当たる。
「いった!」
紬はそのまま走り去った。
「紬!」
周囲の生徒たちの視線の中で慌てて荷物を拾う。
追いかけたが、角を曲がるともう姿がない。
ざっと血の気が引く。
(声も出ないのに、スマホも持たずに、どこへ行ったんだ)
理子さんと小野寺さんに短いメッセージを送って、僕は走り出した。
小野寺さんから返信が届いたのは、暗くなってからだった。
『紬ちゃんを見つけました
公園にいたわ
りっちゃんが帰るまで預かります
ごはんは食べさせておくわね』
マンションで待っていると、八時ごろに理子さんと一緒に紬が帰ってきた。
ほっと息が抜ける。
「紬」
呼びかけたが、紬は理子さんの後ろにしがみついて出てこない。
「紬、心配したんだぞ」
伸ばした僕の手を避けて、紬は理子さんの寝室に走り込み、そのまま引きこもってしまった。
理子さんが気の毒そうな顔で僕を見る。
「私が話を聞いてみるわ」
そう言って寝室へ入る。
そこは、僕は入れない場所だ。
理子さんの声が小さく漏れるが、何を話しているかまでは聞きとれない。
何がなんだか分からないまま僕はリビングで途方に暮れた。
一時間ほど経って、理子さんが静かに寝室から出てくる。
僕がダイニングの椅子から立ち上がる。
理子さんが僕の向かいに座ったので、僕ももう一度座り直す。
理子さんは困った顔で小さく溜め息をついた。
「泣き疲れて、寝ちゃったわ。
ずっと泣いてて、ちゃんとしたお話はできなかった。何があったの?」
僕は分かる限りのことを、できるだけ細かく話した。
理子さんは黙って聞いて、それから、言いにくそうに口を開く。
「……それは、……怖いんだと、思うわ。大きい男の人が」
その言葉に、昼間の光景を思い出す。
伸ばされた手を避ける紬の、嫌悪の滲んだ目。
あの時に感じた既視感がもう一度押し寄せてくる。
理子さんが、僕を同じ目で見ていた時。
僕が重いキャビネットをひとりで運んだ時。
理子さんでは開けられない瓶の蓋を開けた時。
予告せず隣に立ってしまった時。
(……ずっと、僕のこと、怖かった……?)
それならそう言ってくれれば。
黙っていたら分からないじゃないか。
分かっていたら、配慮できたこともあったかもしれないのに。
ついそんなことを考えてしまう自分が情けなくなる。
僕が怖かったのなら、そんなことが言えるわけがない。
言えば相手がどう出てくるか分からない。
だから小野寺さんも僕には、理子さんは男が『苦手』だ、『好きではない』、と言っていたのだ。
――そこまでの、信頼が、僕にはまだない。
胸がぎりっと痛んだが、今はそんな場合ではない。
「でも、それで、……なんで紬はあんなに」
「怖い気持ちを、奏汰くんに否定されたからじゃないかしら」
理子さんは長い間を置いて、少し軽い口調で苦笑いした。
「早めにちゃんと、お話するといいわ。
あなたたちなら大丈夫」
僕はどうしたらいいか分からないまま、その日はひとりで四畳半の布団に潜り込んだ。





