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僕の奥さん、のようなひと  作者: 花鶏
§ 懐かしい声 §
24/25

夜間診療


 病院の待合室は静かだった。


 時間外診療のため、ほかに患者は少ない。

 隣に座る紬は泣き止んでいたが、声を発することはなかった。

 さっきのは何だったのだろう。


(治ったのかと、思ったのに)


 レントゲンを撮って診察が終わったのは夜だった。


 医者に警察に届けるか聞かれたが、少し考えることにして、診断書だけ作ってもらった。

 待合室に戻ると理子さんが立ち上がった。


「どうだったの」

「打撲で、全治二週間でした。骨には異状ないそうです」

「そう……」


 理子さんは顔をしかめて、それから口を閉じた。


 帰りのタクシーの中では誰も喋らなかった。紬はずっと僕の袖を握っていた。


 帰宅して、ほっと息をつく。


 もう、このマンションが、僕にとって息をつける場所なんだな、と思う。


 ずっと怖い顔をしていた理子さんがきょろきょろと部屋を見渡す。


「お風呂は、やめといた方がいいわね。

 とりあえず座ってて。

 暫くベッド使う方がいいのかしら。私が布団で寝るわ」

「えっ、いいですよ、そんな」


「ごはんは、どうしてもレトルトが嫌なら作るけど、味は期待しないで。

 それか、出前をとるわ」


 なんだか、理子さんの様子がおかしい。


「理子さん。そんなに気にしなくて大丈夫です」

「そうだ、就職活動中なのに――説明会、会場まで送るわ。

 もし休めなかったらタクシー代だすから、」


「理子さん!」


「――誰が助けてなんて言ったのよ!」


 僕を睨む目に、うっすら涙が滲んでいる。


「勝手なことしないで!

 私の自業自得なんだから、あなたには関係ないことでしょ!」


 感情的に声を荒げる理子さんを、初めて見た。


「……ひとりで、なんとか、したわよ……!」


 言葉は強く怒っているが、僕にはそれは、小さな子が何かに怯えているように写った。


 あの状況で女の人がひとりでなんとかするのは、かなり難しいと思う。

 それはきっと、理子さんだって分かっている。


 だけど、それは言ってはいけないことくらいは、僕にも分かった。


「……すみません。つい、身体が動いて……」


 とにかく、理子さんを落ち着かせないと。


「あの、だから、僕が勝手にやったことなので、そんなに気にしないでください。

 レトルトだって嫌いじゃないし、布団で寝れないほど酷い怪我じゃないです。

 それに、理子さんの寝室に入ったら、追い出されちゃう約束じゃないですか」


 理子さんの動きが止まる。

 まだ少し息は荒いが、我に返ったのが分かる。


 怖い顔が少しへにょりと緩む。


 何かを言いおうと口を動かしているうちに、徐々に頬が朱色に染まる。


「――ご、ごめんなさい、無茶苦茶なこと言ったわ。

 あの、怪我したの、私のせいだわ。ごめんなさい。

 あなたは関係ないのに、巻き込んでしまって」

「関係なくないですよ。

 ほら、僕、旦那さんなので。

 奥さんのピンチは助けないと」


 僕が頑張って言った冗談に、理子さんは一瞬で冷静になって、白い目をこちらに向けた。



 ホットタオルを作ってもらったので、紬に手伝ってもらって簡単に身体を拭く。

 軽く触れたり力を入れるだけで、息が吸えないほど胸が痛む。

 痛いと言うたびに理子さんの肩がびくりと跳ねるので、途中から歯を食いしばって耐えた。


 三人で久しぶりのレトルトカレーを食べる。

 理子さんが、ぽつぽつと事情を教えてくれた。


 三年前。

 繁華街で、袋叩きにされて倒れていた女の子を拾ったのだそうだ。

 美優、というのはその女の子の名前だ。

 繁華街で怒らせてはいけない人を怒らせてしまったらしい。


 行くところがないという彼女に、理子さんは僕たちにしたように四畳半を与えて、怪我が治るまで面倒をみた。


 元気になった彼女は理子さんのマンションに友人を入れ始めた。

 友人たちはおしなべて素行が悪く、マンションの管理人から何度も注意を受け、暫く大変だった。


 美優という人は、理子さんに迷惑をかけていると気づいて、ひと月ほどで怪我が治り次第、マンションを出て行った。

 その際に友人にも言い含めていたが、たまにその友人たちだけで盗んだスペアキーで勝手に部屋に入ってくる。

 理子さんはオートロックの鍵を付け替えて、以来彼らとは顔も合わせていないということだった。


「……美優さんは、大変なお家で育った人で……友人を勝手にこの部屋に入れるのが迷惑だって、ほんとに分からなかったみたいなの。

 怪我が治ったら出て行ってくれたし、その時にもう来ないって約束してくれた」


 理子さんの声には、その人を庇う響きがあった。


 正直、そもそもそんな得体の知れない人を拾うこと自体が危ないと思う。

 繁華街で怒らせてはいけない人って、なんだそれ。いったいどういう人だ。

 可哀想だったとしても、普通は家には入れない。――でも、そんな理子さんだから僕たちのことも拾ってくれたのだと、なんとなく腑に落ちた。


 リスクを承知していても、目の前にいると見捨てられないのだ。


「……明日、警察に、行きましょう」


 元気のない声でそう呟く。

 僕は少し考えてから、それを断った。


「……診断書は取っておきます。でも、もう来ないなら、僕はいいです」

「なんで」

「あの人たちを刺激して、また理子さんに何かあったら嫌なので」


 理子さんは口をへの字にした。


「それに、美優さんって人まで警察沙汰になったら、理子さん、悲しいんじゃないですか」

「私のことは関係ない。あなたが被害者なんだから」

「じゃあ、保留で」


 理子さんは困惑した顔をしたが、それ以上何も言わなかった。



 翌日、僕の顔は腫れあがった。


 おろおろする理子さんを宥めるのが大変だったし、夫婦喧嘩で僕が負けたのだと思い込んでいる安田がうざかった。


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