美優さんの来訪
インターホンが鳴ったのは、週末の昼過ぎだった。
モニターを覗くと、見知らぬ女の子が立っている。
二十歳前後だろうか。
髪が赤と黒のストライプになっていて、見慣れない僕は少しびっくりする。
光沢のあるジャンパーの首元をかき合わせて、寒そうに肩をすくめている。
僕は少し警戒しながらインターホンに出た。
「はい」
画面の彼女は少し驚いた顔をした。
「……理子、いますか」
「どちらさまですか」
「あの、美優といいます。理子、さん、今いますか」
理子さんが隣に来てモニターを見る。
「……いるわ」
「理子。美優だよ。来ちゃってごめん。
ちょっとだけ、話できない?」
少し間を置いてから、理子さんは口を引き結ぶ。
「表の喫茶店で話しましょう。今降りるから、少し待って」
そのままインターホンを切り、通勤鞄から財布を出す。
コートを羽織る理子さんを、僕は慌てて追いかける。
「僕も行きます」
「あなたには関係ない」
「殴られたのは僕なんだから、関係あります」
他に誰がいるかも分からないのに、理子さんひとりで行かせられるわけがない。
マンションの向かいの小さな喫茶店で、僕たちは向かい合って座る。
美優さんはひとりでここへ来たようだった。
「……久しぶりね。何の用?」
「タケたちが、理子に会いにいったって、聞いて」
美優さんは青痣の残る僕の顔をちらりと見て首をすくめる。
「……それ、理子のカレシ?」
「違うわ」
「友達?」
「……まあ、そんなようなもの」
美優さんが僕を睨む。
今のやりとりのどこにそんな要素があったのか分からないが、たぶんこれは嫉妬の目だ。
「もう来ないって約束したのに、こんなことになって、ごめん」
「あなたが頼んだわけじゃないでしょう」
「でも、タケたちが来たのは、美優のためだったから。
もう絶対しないって、約束させた。
それだけ、理子に言っときたくて」
理子さんは静かに頷く。
「……そう。ありがとう」
「タケたちのこと、サツにタレる?」
「殴られたのは、この人だけなの。
美優さんが私の知り合いだから、これ以上何もなければ見逃してくれるって、……言ってたけど」
ふたりが僕を見る。
急に話を振られた僕はしどろもどろになってしまう。
「えっと、もうしないなら、とりあえずいいです。
診断書はとってるので、次は警察に行きます。
貴女も、あまり危ないことしないでください。……貴女が傷つくと、きっと理子さんが悲しい思いをするので」
僕の言葉に、美優さんは驚いた顔をして、それから泣きそうな目で笑った。
「へへ。なんだよ。ひょろい優等生がしゃしゃってきたって言ってたけど、いいヤツじゃん。
理子にはやっぱ、ちゃんとした昼の人じゃないとな」
理子さんは何も言わなかった。
美優さんは席を立った。
「じゃあね、理子。ほんとにもう来ない」
「……ええ」
僕の横でふと足を止めて、美優さんは僕の頬の痣を人差し指で押した。
「いったぁ!!」
「あんたさぁ。理子のこと、ちゃんと守ってよ。
理子は自分で、自力でそっち行ったんだから。もうこっち来ちゃだめ。
美優みたいなの、拾っちゃだめだよ」
そう言って、痛みに悶える僕を背に店を出て行った。
「……痛い……」
仰け反ったせいで、脇腹まで痛い。
テーブルに突っ伏す僕に、理子さんが困った顔で手をこまねいている。
きっと、紬や小町が痛がっていたなら、背中を撫でたりしてくれるのだろう。
僕はなんとか空気を変えようと、努めて明るい声を出した。
「なんか、よく分かんないこと言う人ですね」
気を楽にしてほしかったのに、僕の言葉に理子さんは下唇を噛む。
ぎゅっと眉を寄せた、申し訳なさに潰れてしまいそうな顔。
目を伏せて、細い声で、懺悔するかのような言葉を落とす。
「……暴力とか、犯罪とか、少ない生活のことよ。
……私の母は、すごくダメな人で。私はきっと、ほんとだったら美優さんとそんなに変わらない生き方をしてたはずだった。
――あの時、葉子さんと知り合ってなかったら、……」
小さな声がだんだんと震えだす。
僕は慌てて理子さんの言葉を遮った。
「あの、別にそういうこと聞いたわけじゃないです。
あの人が、僕に理子さんを守れとか言うから、何言ってんだろって思って。
だって、守ってくれてるのは理子さんの方なのに」
顔をあげた理子さんの目元が赤い。
そのまま、また目を伏せる。
「……そう」
少しほっとしたような顔に、僕も肩の力が抜ける。
美優さんはいなくなってしまったけれど、何も頼まずに出ることもできなくて、僕たちはコーヒーを頼んで少しゆっくりした。





