未成年後見人になりました
作業が落ち着いたのは空が白み始めた頃だった。
理子さんが車へ戻ってくる。
僕は車内から助手席のドアを開けた。
「お疲れ様でした」
雨ガッパの裾から下は泥でぐちゃぐちゃだ。
理子さんはゴミ袋を敷いて助手席に乗り込み、深く息を吐いた。
帰り道はほとんど無言だった。
国道に出ると、対向車のライトが増えてくる。
東の空が少しずつ明るくなっていく。
「……ごめんなさい。結局、朝になっちゃった。今日も大学よね」
「僕は昼からなので。理子さんは出勤ですか?」
「そうね。午後は休みとって帰ってくるわ」
「大変なお仕事ですね」
「私は、上からの指示を伝えてあれやってこれやってって言うだけだもの。
現場の人たちには、ほんとに、頭が下がる……」
理子さんは窓の外を見たまま、少し疲れた声でそう言った。
午後から大学に行く。
少し寝たけど、やっぱりまだ眠い。
学部棟の掲示板の前を通る。
企業説明会のポスターが貼ってある。
昨日と同じポスターだ。
ふと、建設会社の名前に目が止まった。
社会インフラ業界合同説明会。特に建築・土木系学生。
(……こういう業種でも、文系でも、若干名募集あるとこ、けっこうあるんだな)
昨日まで、経済学部の自分には無縁なものだと目に入らなかった。
昨日のあの人たちは、こういう会社で働いてるんだろうか。
僕は掲示板で見た会社の名前を、スマホに打ち込んだ。
カレンダーに会社説明会の日程が増えた。
それからひと月。
インターホンが鳴ったのは、昼過ぎだった。
理子さんは在宅勤務で、僕は紬の勉強を見ていた。
扉を開けた理子さんが僕を呼ぶ。
郵便局員から茶封筒を受け取って受領のサインをする。
『M家庭裁判所』。特別送達の印字。
ダイニングテーブルに封筒を置いて、椅子を引く。
静かに腰を下ろしてから、ゆっくり封を切った。
何枚かの紙と、パンフレット。
最初の一枚に、太字で書かれていた。
『――主文。
未成年者 高遠紬について、申立人 藤村奏汰を未成年後見人に選任する。』
文字を追った瞬間、身体から力が抜けた。
「……通った」
声に出して初めて、実感が湧いてくる。
理子さんが頷く。
「良かったわ」
紬と小町がリビングの扉からこちらを見ていた。
僕はそちらへ駆け寄って、紬を抱え上げる。
「兄ちゃんが後見人に決まったよ。
これであいつらがなんて言っても、連れ戻されたりしない!」
紬が目を大きく開いてから、ぎゅうっと僕の首にしがみつく。
その体重が、これは夢じゃないと教えてくれる。
「紬を抱っこするのなんか、幼稚園ぶり?
これから、時々してやろうか。
僕は紬の保護者だからな」
そう言うと、紬は僕の肩をぽかぽかと叩いて床に降りた。
その夜、僕は書類の写しを机に置いて、しばらく眺めていた。
一緒に入っていたパンフレットには、後見人としての義務、やってはいけないこと、報告の手順などが書いてあった。
お風呂あがりの理子さんが後ろを通りがかりに素っ気なく言う。
「面倒だけど、ちゃんとやってね」
「頑張ります」
頑張ろう。
これから、僕は紬のお兄ちゃんで、お父さんで、お母さんなのだ。





