4ヶ月のブランク
学食に移動しても安田はまだ騒いでいた。
「突然いなくなって、帰ってきたと思ったら結婚したってどういう超展開?」
「色々、あったんだよ」
「だからその色々って何なんだよ!」
長谷川がコーヒーを飲みながら安田の頭を鷲掴みした。
「安田。お前、デリカシーなさ過ぎ」
僕を見る。
「話したくないこと、話さなくていいからな」
「……うん」
「困ってることとか、手伝えることあったら、それだけ言えよ」
「うん。ありがとう」
「なんだよ! 俺だって手伝うっての!
奏汰、いっこだけ教えて! 奥さんどんな人なの」
僕は理子さんを思い浮かべて考える。
しっかりした人だ。
男が嫌いで、僕には厳しいけど、紬と小町には優しい人。
怖いこととか、嫌なこととか、多分誰にも言わずにひとりでなんとかしてしまう人。
怖くても、嫌でも、困っている相手を助けてしまう人。
「……父さんたちが死んで、すごい困ってた時に助けてくれた人」
「くはぁ、ドラマかよ……」
安田が仰け反る。
「それで結婚しちゃうとか、めっちゃ熱愛じゃん」
そういうんじゃない。
否定したかったけど、流石に偽装結婚だと白状する気にはなれなくて、僕は曖昧に笑った。
「指輪は? なんでしてねぇの?」
「買ってない」
「なんで?」
そうか。普通は、結婚したら指輪をするんだった。
「……お葬式とかで、バタバタ、してて」
長谷川が安田の腕を引っ張る。
「奏汰。アホの言うことなんかほっとけ」
「いや、だって気になるだろ普通!」
安田はしばらく納得いかない顔をして、性懲りも無く聞いてくる。
「奥さん美人? 優しい?」
そう問われて、僕を睨んでくる理子さんの顔が脳裏に浮かぶ。
「……怖い」
ぽかんとするふたりを見て、僕は少し笑った。
四ヶ月前、全部終わったと思った。
学生生活も、友達も、ここにあるもの全部が、もう僕には関係ないものになったと思った。
でもキャンパスは何も変わっていないし、安田は相変わらずうるさいし、長谷川は頼りになる。
僕の事情が変わったって、無くなるものではなかった。
「なかなか、連絡とれなくて悪かった」
気にするな、と肩を叩くふたりと、僕は学部棟へ向かった。
僕が四ヶ月休んでいる間に、キャンパスは就活の話で持ちきりになってきた。
廊下では「説明会、三社エントリーした」「ベンチャーか大手か迷ってる」といった会話が聞こえてくる。
このひと月、書類を取り寄せて、役所に電話して、弁護士に返信して、スーパーで夕飯の献立を考えていた。
大学の友人たちが夏のインターンで何かを掴んでいる間、僕は別のことで手いっぱいだった。
四十九日が済んだあと、すぐに働ける場所を探すつもりだった。なのに今は、再来年の就職のことを考えて焦っている。
学部棟の掲示板の前を通る。
企業説明会のポスターがびっしりと貼られている。
色んな会社が、色んなメッセージを書いている。
目が滑って、どれも現実感がなかった。
夜。
夕飯を食べ終えた紬が、リビングの端に陣取って問題集を広げている。
定期的に消しゴムをかける音がして、小町が消しかすを前足でつついて飛ばしている。
僕は食洗機から洗い物を片付けて、台拭きでコンロを拭いた。
蛇口を閉めると部屋には紬のシャーペンの音だけが響く。
時計は九時を少し過ぎていたが、理子さんはまだ帰ってこない。
鍵の音がしたのは、十一時近くだった。
玄関を向くと、理子さんが濡れた傘を持って入ってきた。
夕方からずっと降り続いている雨にコートの肩が濡れている。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
疲れた声。
重そうな鞄を預かろうとして、すっと避けられる。
紬が立ち上がって理子さんに近づき、スマホの画面を向けた。
夕飯の唐揚げの写真だ。
ラップをかけて冷蔵庫に入れてある旨を伝えている。
「ごめんなさい。食べてきたわ」
理子さんはシャワーを浴びて、冷蔵庫を開けた。
奥の方から缶チューハイを一本取り出す。
プルタブを引き、リビングのソファに腰を下ろした。
「……疲れた」
誰に言うでもなく呟く。
僕は遠慮がちにキッチンから覗きこむ。
「柿がありますけど、剥きましょうか」
少し目を瞬いて、理子さんは黙って頷いた。
一口サイズに切って爪楊枝を刺したものを持っていく。
理子さんが少し嬉しそうな顔をしてくれて、僕も嬉しくなる。
ふと安田との会話を思い出して聞いてみた。
「あの、結婚指輪とか、買った方がいいですか」
理子さんは少しぼんやりと質問を咀嚼するように首を傾げた。
それから盛大に眉を顰めて、阿呆を見る目で僕を見た。
「……疲れてるんだけど」
「ごめんなさい」
聞くんじゃなかった。





