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僕の奥さん、のようなひと  作者: 花鶏
§ 未成年後見人になりました §
19/29

復学


 大学の学務窓口に行ったのは、十一月の半ばだった。


 銀杏の葉が歩道に散っていて、楽しそうな学生たちが歩いている。

 大学は四ヶ月前と変わらない様子だ。

 去年と同じ黄色い落ち葉の上を歩いていると、怒涛のようなこの四ヶ月が、なんだか夢のようだった。


 学務窓口で事務員さんに声をかける。


「あの、すみません。

 後期の履修登録はもう終わってると思うんですが、相談できないかと思って……」

「原則、期日後の申し込みは受け付けてないんですよ。

 何かご事情がありましたか?」


「えっと、両親が事故で死んで、引っ越しとかでバタバタしてて……」


 事務員さんの表情が変わる。


「……それは、ご愁傷様でした。

 そういうご事情なら先生の許可があれば追加できると思います。

 ゼミの先生には連絡しましたか?」

「まだです」

「では、一度相談してみてください」


 画面を見ながらキーボードを叩く。


 学生番号と名前と事情を書く用紙を渡される。

 氏名欄で、一瞬手が止まる。


 『藤村奏汰』。


 もう何度か、役所などの書類に書いてきたが、未だになんだかくすぐったい思いがする。

 事務員さんがパソコンの画面を見て、それから僕の顔を見た。


「……藤村奏汰さん、でよろしいですか」

「はい」


「お名前、変わられたんですね。

 氏名変更の届けが必要です。

 学生証は再発行になりますので、今日は仮のものをお渡ししますね」


 そう言って、もう一枚用紙を差し出される。

 少し待つと、以前の学生証を回収され、透明なケースに入った紙のカードを渡された。


 見慣れた大学の校章の下に『藤村奏汰』と印字されていた。


「基礎教養の講義は、こちらで手続きをとっておきます。

 それ以外は直接先生とお話ししてください」


 なんとかなりそうで、ほっと胸を撫で下ろしながら廊下に出る。


 仮学生証をもう一度見る。


 藤村奏汰。


 僕は、いつ、高遠奏汰に戻るのだろうか。


「奏汰!」


 遠くから声が飛んできた。

 振り向くと、いつもつるんでいた安田が全力で走ってきていた。


「生きてたか! 連絡ぐらいしろよ、こいつ!」


 後ろから勢いよく抱きつかれる。

 少し遅れて長谷川が追いつき、真面目な顔で言った。


「奏汰。久しぶりにメール来て、びっくりした」

「ごめん。色々あって」


「色々って何だよ。返信もないから死んだかと思ったわ!」

「生きてるよ」

「それは見りゃ分かるよ!」


 安田は笑っているけど、少し目元が赤い。

 心配してくれていたのだと思って、胸の奥が痛んだ。


 ふたりからは、何度もメールが来ていた。

 でもあのときはその日に寝る場所を探すのに、安い食べ物を探すのにそれどころじゃなくて。

 大学も辞めるつもりで。

 だから返信もしなかった。


 普通に大学に通って、普通に友達と会って、普通に笑っていることが妬ましかった。

 可哀想にと思われるのが悔しくて、そんな気持ちがメールから滲むのが怖かった。

 今思えば、子どものような意地だ。


「これ何?」


 止める間もなく、安田が僕の手から仮学生証をとりあげる。

 氏名欄を見た安田の動きが止まる。


「……藤村奏汰って誰だよ」

「僕だよ」


 長谷川が横から覗き込む。

 一拍置いて言った。


「名字、変わったのか」

「うん」


「どういうこと? 親御さんが離婚したの?

 死んだって、言ってなかった?」

「おい安田」


 窘める長谷川に、安田が慌てて自分の口を塞ぐ。


「そう。親が死んで、色々あって、結婚した」

「結婚!?」


 安田の大声に、廊下を歩いていた学生が何人か振り返る。


(やっぱりすぐバレたなぁ)


 ひと月前、理子さんに結婚を提案をされた時の自分の感想を思い出して、僕は小さく溜め息をついた。


前回の更新分にミスがありましたので直しました。

ご指摘ありがとうございました。

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