復学
大学の学務窓口に行ったのは、十一月の半ばだった。
銀杏の葉が歩道に散っていて、楽しそうな学生たちが歩いている。
大学は四ヶ月前と変わらない様子だ。
去年と同じ黄色い落ち葉の上を歩いていると、怒涛のようなこの四ヶ月が、なんだか夢のようだった。
学務窓口で事務員さんに声をかける。
「あの、すみません。
後期の履修登録はもう終わってると思うんですが、相談できないかと思って……」
「原則、期日後の申し込みは受け付けてないんですよ。
何かご事情がありましたか?」
「えっと、両親が事故で死んで、引っ越しとかでバタバタしてて……」
事務員さんの表情が変わる。
「……それは、ご愁傷様でした。
そういうご事情なら先生の許可があれば追加できると思います。
ゼミの先生には連絡しましたか?」
「まだです」
「では、一度相談してみてください」
画面を見ながらキーボードを叩く。
学生番号と名前と事情を書く用紙を渡される。
氏名欄で、一瞬手が止まる。
『藤村奏汰』。
もう何度か、役所などの書類に書いてきたが、未だになんだかくすぐったい思いがする。
事務員さんがパソコンの画面を見て、それから僕の顔を見た。
「……藤村奏汰さん、でよろしいですか」
「はい」
「お名前、変わられたんですね。
氏名変更の届けが必要です。
学生証は再発行になりますので、今日は仮のものをお渡ししますね」
そう言って、もう一枚用紙を差し出される。
少し待つと、以前の学生証を回収され、透明なケースに入った紙のカードを渡された。
見慣れた大学の校章の下に『藤村奏汰』と印字されていた。
「基礎教養の講義は、こちらで手続きをとっておきます。
それ以外は直接先生とお話ししてください」
なんとかなりそうで、ほっと胸を撫で下ろしながら廊下に出る。
仮学生証をもう一度見る。
藤村奏汰。
僕は、いつ、高遠奏汰に戻るのだろうか。
「奏汰!」
遠くから声が飛んできた。
振り向くと、いつもつるんでいた安田が全力で走ってきていた。
「生きてたか! 連絡ぐらいしろよ、こいつ!」
後ろから勢いよく抱きつかれる。
少し遅れて長谷川が追いつき、真面目な顔で言った。
「奏汰。久しぶりにメール来て、びっくりした」
「ごめん。色々あって」
「色々って何だよ。返信もないから死んだかと思ったわ!」
「生きてるよ」
「それは見りゃ分かるよ!」
安田は笑っているけど、少し目元が赤い。
心配してくれていたのだと思って、胸の奥が痛んだ。
ふたりからは、何度もメールが来ていた。
でもあのときはその日に寝る場所を探すのに、安い食べ物を探すのにそれどころじゃなくて。
大学も辞めるつもりで。
だから返信もしなかった。
普通に大学に通って、普通に友達と会って、普通に笑っていることが妬ましかった。
可哀想にと思われるのが悔しくて、そんな気持ちがメールから滲むのが怖かった。
今思えば、子どものような意地だ。
「これ何?」
止める間もなく、安田が僕の手から仮学生証をとりあげる。
氏名欄を見た安田の動きが止まる。
「……藤村奏汰って誰だよ」
「僕だよ」
長谷川が横から覗き込む。
一拍置いて言った。
「名字、変わったのか」
「うん」
「どういうこと? 親御さんが離婚したの?
死んだって、言ってなかった?」
「おい安田」
窘める長谷川に、安田が慌てて自分の口を塞ぐ。
「そう。親が死んで、色々あって、結婚した」
「結婚!?」
安田の大声に、廊下を歩いていた学生が何人か振り返る。
(やっぱりすぐバレたなぁ)
ひと月前、理子さんに結婚を提案をされた時の自分の感想を思い出して、僕は小さく溜め息をついた。
前回の更新分にミスがありましたので直しました。
ご指摘ありがとうございました。





