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僕の奥さん、のようなひと  作者: 花鶏
§ 結婚ってなんだっけ §
2/7

高遠奏汰の事情


 両親が死んだのは、八月の暑い日だった。

 山道での車の転落事故。即死だったと医者に聞いた。

 大学三年生だった僕は大学を諦めて仕事を探すことにした。


 僕の実家は田舎の方で、就職活動に不便な土地だ。

 葬儀の前日から実家に来ていた遠縁の女とその息子が、中学生の妹を預かってくれると言うので、僕は下宿で求人を探すことにした。


「ちょうどね、お義姉さんが出戻ってきちゃって、家が手狭になってたのよ。

 しばらく、私たちがここに住んで、紬ちゃんの面倒をみるわ」


 他の親戚たちが紬をどうするんだとヒソヒソしている中、なんてありがたいんだろうと、あの時は思った。


 僕はこれからの不安で頭がいっぱいで、何度も電話はしていたのに、紬の異変に気づけなかった。


 そしてふた月後。

 紬は声を失った。


 ファミレスのテーブルで、紬は泣きながら震える指でスマホを打った。


『あのひと いつも触ってきたり お風呂のぞこうとしたりするの 気持ち悪い もうあの家に帰りたくない』


 あの時の頭を殴られたような衝撃は今も忘れられない。


 実家に飛んで行き、怒りに任せてその男の胸ぐらを掴んで怒鳴りつけた。「言いがかりだ」と怒鳴り返され、暴行未遂で警察を呼ばれた。


 児童相談所にも役所にも相談した。

 だけどそいつの父親が県議会議員だと分かると、役所の人たちは及び腰になった。


「誤解ですよ。思春期の女の子は、少し過敏だから。勘違いしてしまうのも仕方がない。

 ご両親を亡くした心痛で、声が出なくなって……お兄さんも、慌ててしまったのでしょう」


 鷹揚な顔で聴取に対応する議員に、担当者はそれ以上追及してくれなかった。


 誰も紬を守ってくれない。

 このままでは、紬はあの男に何をされるか分からない。

 僕は実家から紬を連れだした。


 議員の妻は捜索依頼を出し、一週間も経たないうちに僕の下宿に警察が来た。


「一緒に住んでれば、お風呂で鉢合わせることもあるだろう。気にしすぎじゃないか?

 おじさんたちは、君たちのことを心配して、親切で言ってくれてるんだよ」


 色々言っていたが、要するに紬を実家へ戻せということだった。

 持てるだけの荷物を抱えて、僕たちは逃げた。


 お金は二週間で底をついた。


 ネカフェを出て、公園の遊具の中で寝泊まりした。

 文句ひとつ言わない紬に、満足に食べるものも渡してやれない。


 お金を稼ぎたかったけど、スマホの充電が切れていて、何をどうすればいいのかも分からなかった。

 警察には頼れない。紬を連れ戻されてしまう。


 三日目の明け方、紬の額が熱いことに気づいた。

 ずっと冷たい砂の上で寝かせていたからだ。


 財布の中身は硬貨が数枚。


 風邪薬と、何か食べさせるものが欲しくて、ドラッグストアに入った。


 頼み込んで、分けてもらえないだろうか。

 期限切れで捨てるやつとか、あるんじゃないか。


 そう考えていたはずなのに、目の前できちんとした身なりの女性が床に鞄を置いて、そこにはきっと薬を買えるお金が入っていると思ったら――手が、動いた。


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