最悪な出会い
「衣食住は最低限。
私の言うことに従えないならすぐに追い出す。
言っとくけど、お嫁さんみたいな役割は一切期待しないで。
――それで良ければ、結婚してあげてもいいわ」
そう言って理子さんは、僕から取り上げた免許証で、僕の名前を改めて確認した。
そのまま怖い顔で、正座する僕を見下ろす。
「君が選んで。高遠奏汰君」
僕はその鋭い目を呆然と見あげる。
(……なんで、昨日会ったばかりの人と、こんな話になってるんだっけ……)
僕は頭を整理しようと、慌しかった昨日の出来事を思い起こした。
***
大通りのドラッグストア。
蛍光灯が薄暗く照らすバックヤードで、厳しい顔の警備員と、腕組みをした女性がこちらを見ている。
彼女の足元に置かれた鞄を盗もうとした僕は、足をかけられて転び、警備員に捕まった。
ダンボールの積まれた底冷えのする部屋の中で、ふたりと向かい合ってパイプ椅子に座らされている。
仕事帰りなのか、女性は髪を後ろで束ねたジャケット姿だ。
僕を見る目は怒っているというより値踏みしているような目だった。
「警察、呼びますか」
警備員が女性に確認する声に僕はびくりと肩を揺らして顔を上げる。
「あのっ、警察は、勘弁してください……」
僕の言葉に女性が目を細める。
その視線と目が合って、心臓がぎゅうと締め付けられる。
申し訳なくて、お腹が空いて、焦りに心臓がばくばくして、――僕は、もう限界だった。
「……すみません……」
声が震える。
「返します、いつか、必ず、全部返します。警察は勘弁してください」
情けないと思ったが、取り繕う力は残っていなかった。
だってさっきから、窓の外に雨音が聞こえている。
建物の中ですらこんなに寒いのに。
「妹が、待ってるんです」
滲む涙を、隠すこともできなかった。
公園のあの冷たい砂の上で、紬が、僕が戻るのを待っている。
熱があるのに。
コンビニのおにぎりを食べることもできなかったのに。
たったひとりの、僕が守らなきゃいけない妹なのに。
「薬と、食べ物を、ください。いつか必ず返します。
……紬が、死んでしまう……」
ぼたぼたと涙があふれる。
女性は、しばらく黙っていた。
警備員が「どうしますか」ともう一度聞いた。
「……警察はいいです」
「逃げるための嘘かもしれませんよ」
女性は立ち上がって警備員に向き直る。
「これで嘘だったら、大人しく騙されます。
捕まえていただいたのに、申し訳ないけど」
「お客さんがいいなら、いいですけどね……」
僕が視線を上げると、女性は眉根を寄せてこちらを見下ろした。
「……何の薬が欲しいの」
目を瞬く僕に彼女は低く言う。
「何の薬? そんなに高くなければ買ってあげる」
「え、……あの、」
「要らないの?」
苛ついた声に、僕は慌てて答える。
「風邪薬! 風邪薬です! たぶん……」
「たぶん?」
「公園で寝泊まりしてたら、熱が、ひどくて」
一瞬、きょとんとした彼女は、ますます眉を吊り上げて怒鳴った。
「公園!? まさか妹さん、公園にいるの? この雨の中?」
彼女はお店の人に挨拶してから、僕と一緒に雨の中を走り出した。




