誰と、暮らしたいの?
翌週、小野寺さんが税務署に出す書類を見てくれるというので、小野寺さんの家の最寄駅まで出かけた。
「ふふふ、こんな若い男の子と駅で待ち合わせなんてウキウキしちゃう!」
ノリノリの彼女が面白かったので、僕も手荷物を持ったりドアを開けたり、頑張ってエスコートしてみた。
「えっ、楽し……
ちょ、奏汰君、今日はあたしのこと奥様って呼んで奥様って!」
小野寺さんはいつも元気で、一緒にいると気分が明るくなる。
ふたりで駅前の喫茶店に入る。
コーヒーを頼んで、軽く書類を見てもらった。
「あたしは税務は詳しくないけど、現金資産が殆どなら、そうそう大きな間違いはないと思うわ。
あとは、ご実家に残っているものを確認してからね。
ご実家の評価は、この小規模宅地っていう特例は使えなさそうなの?」
「ええと、実際に相続人が住んでないと駄目みたいです。
ネットとか見ると、住んでることにすればいいみたいなことも書いてあるんですけど……何かあると嫌なので」
特に僕たちは、公務員であるふたりに面倒をみてもらっている身だ。
知らずにやったならまだしも、自覚してズルなどできるわけがない。
「そう。ありがとう」
それがなにに対するお礼なのかは、僕にはよく分からなかった。
「……あの、小野寺さんに、相談があるんですけど」
彼女は軽く頷きながら、出てきたコーヒーのカップを引き寄せる。
「お金の心配がなくなったので、大学に戻ろうと思ってるんです。
でも、そうしたら紬は社会人の保護者がいなくなってしまうし、僕も学生ふたりで住むのは少し不安で。
それで、このまましばらく理子さんのところに置いてもらえないか、頼もうと思ってるんですけど……」
言いながら、我ながら図々しいと思う。
小野寺さんはじっと僕を見た。
「……奏汰君は、誰か社会人と暮らしたいの?
それともりっちゃんと暮らしたいの?」
そう問われて、すぐには答えられなかった。
葬儀の直後は、僕が働いて紬を守るのだと腹を括った。
お金も時間も心配しなくて良くなったのに、今の方がひとりで紬を守る自信がないのは何故なんだろう。
誰か社会人の人がいてくれると安心できると思った。
――だけど、誰でもいいわけじゃない。
僕は元の大学に戻るけど、紬は転校する。
知らない学校で、知らない子たちの中で、声も出ない状態でやっていくことになる。
せめて家の中に、理子さんがいてくれたら、と思う。
「……理子さんがだめなら、紬とふたりで頑張ってみます」
「そっかぁ……。
そうねぇ。奏汰君、三年生だったわよね。
そうすると、卒業まで一年半か……」
小野寺さんは難しい顔で考え込む。
「二ヶ月くらいならと思って応援してたけど、そんなに長い期間だと、簡単に口を出せないわ。
りっちゃんとよく話し合って」
「……理子さんに頼んでみても、いいでしょうか。
嫌な思いをさせませんか」
小野寺さんは目を瞬いてから、曖昧に苦笑した。
「嫌われてるかもと思ってる?」
「……少し」
「奏汰くんのことが特別嫌いなわけじゃないと思うわよ」
「……それは、以前も聞きましたけど」
理子さんの態度を見ていると、どうしても不安になる。
僕の方は仲良くしたいと思っている分、悲しくなる。
「聞くのは別に構わないと思うわ。
でもりっちゃんは、可哀想な生き物を拾う癖があるから、同情を引く言い方はやめてあげて。
奏汰くんの希望をそのまま伝えてちょうだい。
断られちゃったら、近くで部屋探すの、手伝ってあげるから」
「……はい」
帰り道、電車の窓をぼんやりと見る。
早くなってきた夕暮れの橙色の中を、景色が後ろへ流れていった。





