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僕の奥さん、のようなひと  作者: 花鶏
§ 震える背中 §
14/18

鈴木正俊


 それから数日。


 買い物はできるだけ僕が行くことにした。

 理子さんが外出するときは、許される限りついていく。

 帰りは時間を教えてもらえないので迎えに行けないけど、朝は駅まで一緒に歩いて見送った。


 理子さんは眉を顰めたが、僕は譲らなかった。

 変な男が理子さんを調べているのだから、何かあってから後悔したくない。


 土曜日、銀行へ行くという理子さんに、また苦い顔をされながらついて行く。

 その帰り、一番顔を見たくもない男と出くわした。


 鈴木議員の息子、鈴木正俊だ。


「奏汰! やっと見つけたぞ! 紬ちゃんはどこだ!」


 奴は往来でいきなり大声を出した。


 正俊は昔からこうなのだ。

 親戚うちでもずっと「誰に似たのかしら」と言われていた。

 父親の権威のせいで誰にも咎められず、母親に甘やかされて、話が通じない。

 誰もが父親の権威に頭を下げているのを、自分が偉いのだと思っている。


 子どもの頃は怖いお兄さんだと思っていたが、その身長を越した今は、ただの頭の悪い男だと思う。


(……いや、僕だって、人を腐せるほど、賢いわけではないんだけど)


 何も知らないし、ひとりで紬も守れないし、世話になった人に恩返しもできてないけど。

 少なくとも、こんな三十歳にはなりたくない。


「母さんが、お前はおかしな女に騙されてるって言っていたぞ!

 そいつが詐欺師の女だろ!

 大人しく紬ちゃんをうちへ戻せよ!」


 正俊が理子さんの腕を掴もうと手を伸ばしてくる。

 僕は反射的に間に入る。


「正俊さん。もう僕らには関わらないでください」


 正俊は脈絡のないことを言いながら、誘拐、詐欺師、と喚く。

 何を言っても埒があかず、大声を出しながらついてくるので、僕たちは観念して近くの喫茶店に入った。


 僕は隅のテーブルに理子さんと並んで座り、正俊を向かいに座らせた。


 正直、顔を見るだけでも不愉快だ。


 紬のことを好きになること自体は仕方ない。

 気持ち悪いけど、それはどうしようもないことだろう。

 だが三十路を超えて中学生と結婚するつもりでいるなど、病気だ。


 彼は親から何か聞いているみたいで、初めから勝ち誇ったように詰めてくる。


「奏汰は騙されてるんだ。

 うちに来た時も、理子さんの家、理子さんの家、と言ってたらしいじゃないか。

 ちゃんとした夫婦なら、二人の家と言うはずだろ」

「あれはだいぶ前に私がローンを組んだ家ですから、私の家です」


 怒鳴り声に全く怯まず淡々と答える理子さんに、正俊は眉を吊り上げた。


「お前、いくつだ。

 お前みたいな可愛げもない年増が、奏汰みたいな若い男と結婚できるわけがない。

 奏汰を騙して、財産を奪うつもりなんだろう!

 おじさんは奏汰たちのために貯め込んでたらしいじゃないか」

「私と夫の仲は、鈴木さんとお話しするようなことではございません。

 お話があるなら弁護士を通してください」


 さらりと『夫』と言った理子さんに、僕の方がどきりとしてしまう。

 いや、そんな場合じゃないのは分かっているけれど。


「弁護士弁護士って、女のくせに生意気だな!

 弁護士ぐらい、父さんの事務所にだっている!

 あの家は、俺と母さんが紬ちゃんの面倒を見るために親切で住んでやってるんだ」


 テーブルを叩く音が店内に響いた。


 覗きにきた店員に理子さんが謝る。

 落ち着いた理子さんを見て、店員は躊躇いながらも引き下がった。


「そうですね。

 夫のご両親が亡くなった当初は、そういう了解があったかもしれません。

 ですが、先日弁護士からお手紙をお渡ししたはずです」


 正俊が徐々に苛立ってきているのが分かる。

 声が低くなり、身を乗り出して延々と怒鳴ってくる。

 理子さんはそれでも表情を変えず、声の調子も変えず、含めるように言う。


「鈴木さん。何度も申し上げていますが、直接お話しすることはありません。

 弁護士を通してください。私たちも、貴方が紬さんにしたことを大っぴらにしたいわけではないのです」


 正俊の顔がさっと赤くなった。

 立ち上がって、上から怒鳴り散らす。


「俺と紬ちゃんは自由恋愛だ!

 俺たちのことを何も知らないくせに……口を出すな!

 仕事を続けられなくなってもいいのか!」

「それはどういう意味ですか」


 ずっと怒鳴っている正俊に、理子さんは静かな声を崩さない。


(すごい。僕には絶対にできない……)


 僕なら同じように興奮して喧嘩になる。

 以前それで胸ぐらを掴んでしまって、こいつの母親に暴行未遂で警察を呼ばれた。


「俺の父さんは県議員だ。

 お前、県の公務員だそうじゃないか。

 父さんが言えば、すぐにクビだ!」

「県議員に、県職員を懲戒する権限はありませんよ」


 正俊が鼻で笑う。


「そんな表のことしか知らない女が偉そうに……」

「偉そうに聞こえたならすみません。

 私は口下手なので、不要な揉め事を避けるためにも、今後は弁護士を通していただけませんか」


(口下手ってなんだっけ……)


 同じことを繰り返されて、正俊は席に座り直す。

 怒鳴り疲れたのかもしれない。


「役所の女の見本みたいなやつだな。

 俺だってお前と話すことなんかない。

 紬ちゃんを出せ。連れて帰る」

「紬さんは、夫が責任をもって保護しています」

「奏汰なんかに紬ちゃんを幸せにできるものか!」

「それは、家裁が判断してくれます。現在、未成年後見人の申し立て中ですので」


 正俊はきょとんと小さな目を瞬く。


「ミセ……? なんだそれは」

「では、これで失礼させていただきます。

 今日のお話は録音させていただいていますので、弁護士に提出しますと、お父様にお伝えください」


 興奮で赤らんでいた顔が一瞬怯んだ。

 僕は呆然と理子さんに見入る。


(すごい、頼もしい……)


 憧憬の念が止まらない。

 正俊がそれ以上喋らないのを確認して、理子さんは丁寧に頭を下げて席を立った。

 僕も慌ててついて出た。



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