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僕の奥さん、のようなひと  作者: 花鶏
§ 震える背中 §
11/12

後見人審査


 審問室は想像よりも小さかった。

 テレビで見たような裁判の部屋ではなく、高校の進路指導室のような感じ。


 僕は椅子に浅く腰掛け、手元の書類を見下ろす。

 何度もイメトレをしたはずなのに、いざ本番だと思うと頭が白くなった。


(理子さんとの偽装結婚だけ隠し通せば、あとは正直に答えて大丈夫だって、小野寺さんが言ってたじゃないか。

 大丈夫、大丈夫……)


 紬だってひとりで面接を終えたのだ。

 中学生の紬が、スマホの画面を頼りに、初対面の大人との面接を。

 お兄ちゃんの僕がこんなんでどうする。


 机を挟んで座ったのは年配のおじさんだった。


「調査官の島村です。本日はお時間をいただきありがとうございます」

「よろしくお願いします」


 慌てて頭を下げる。

 調査官はテーブルの上のファイルをめくりながら、淡々と確認事項を読み上げた。

 現在の住居、生活状況、年収、健康状態。

 僕は事前に準備した書類を差し出しながら、なんとか答えていく。


「紬さんとは現在、同居しているんでしたよね」

「はい」


「学校はどうされてますか」

「学区の中学校に行ってみたんですが、紬が喋れないので、住民票が動くまで支援体制が整わないと言われて、自宅で勉強してます」

「……ああ、そうですね、それも後見人の選任を急がないとですねぇ」

「今は僕が家にいるので、勉強は見れてます」


「奏汰さんはまだ就職されてませんね。

 なぜご自身が後見人になろうと?」

「僕しか、いないので」


 調査官はメモを取りながら、視線を上げた。


「ご両親が亡くなった直後は、親戚の方が紬さんをみられていたようですが」

「そう、なんですけど……その、親戚が、……」


 紬が三十路の男に風呂を覗かれそうになったとか、言えるわけがない。


「……あんまり、紬と合わなくて。

 喋れなくなっちゃって」


 調査官は僕の言葉を書き取りながら資料を捲る。


「失礼ですけど、収入がないことに不安はありませんか」

「それは、理子さ……つ、妻が、働いてるので、大丈夫です」


 妻という単語につっかえた僕を見て、調査官の表情がわずかに和らいだ。

 新婚が照れているように見えたのかもしれない。

 恥ずかしくて耳が熱くなる。


「最近ご結婚なさったんですよね。

 奥様は、後見人のことについてなにか仰ってますか」

「紬を、あんな……親戚に預けないためなら仕方ないって、言ってくれます」


 それからしばらく、まるで世間話のような会話が続く。


「現在、未成年者名義の不動産があると書面にありますが」


 背筋がわずかに強張った。

 予習してきたところだ。


「はい。地方にある実家です。

 僕と紬のものになるはずだって、知人に教えてもらいました。

 現在はその親戚が住んでるんですけど、税金がかかるし、今は妻のマンションに住んでるので、早めに売りたいと思ってます」


 調査官は一度、ペンを止めた。

 しばらくの沈黙が、やたらと長く感じた。


「売却については、現時点では計画段階、という理解でよろしいですね」

「紬に後見人がいないと、売れないって聞いたので」


「紬さんが、反対されたらどうなさいますか」

「妻と三人で、どうしたらいいか相談します」


 調査官は小さく頷いた。

 これで正解だったのか、何かまずいことを言ったのか、判断がつかない。


「ご存じかもしれませんが、未成年者名義の不動産を処分する場合は、後見人に選任された後でも、別途、家庭裁判所の事前許可が必要になります」

「承知しています」


「分かりました。本日の聞き取りは以上です」


 調査室を出た瞬間、息が一気に抜けて、僕は待合室のソファに座り込んだ。


 穏やかに、まるで普通の会話のように僕のことを確認していく調査官の口調を思い出して、僕は顔を覆って溜め息をついた。


 ――そうか。初めて会った日、小野寺さん、僕のこと審査してたんだな……。


 必要なことだったのだと理解できるが、少し悲しく思ってしまうのは、どうしようもなかった。



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