それで、実家をどうするか
前話の紬の年金額を100→150に訂正しました。
帰り道、小野寺さんがお惣菜を買ってくれた。
マンションで四人で夕飯の支度をする。
支度といっても並べるだけだったけど、賑やかで楽しかった。
食事をしながら、これからやるべきことの話になった。
「紬ちゃんのスマホも新しく契約しないとね」
「えーと、あとは保険関係と、銀行と……証券口座なんてあるのかしら?」
「母はいつも、バターが高いとか小麦粉が高いとか言ってたから、そんなにお金はないと思いますけど……」
理子さんが短く言った。
「調べてみないと分からない。
通帳とか証書とか、探さないといけないわね」
「……はい」
あの親戚が占拠している家に、探しに行かないといけない。
少し間が空いてから、小野寺さんが切り出した。
「実家はどうするつもり?」
テーブルの上の惣菜を僕はしばらく見つめた。
「……最初は、あいつらを追い出せたら、帰れると思ってたんですけど」
「そうよね」
「でも、こっちで就職活動した方が便利なのは確かで、……実家から通える職場が見つかるかも分からないし。
ふたりで住むには、部屋が多すぎるし……」
言葉にしながら、少しずつ、帰りたいという気持ちと現実の乖離に気づいていく。
「こっちと違って、近所付き合いしないとやっていけないところなので、その親戚の影響もあるし……。
維持費だって、かかりますよね」
「そうねぇ」
「……売った方が、いいんでしょうね」
口に出すと、胸の奥がずきりとした。
テーブルの向かいで、紬がじっと僕を見ていた。
父と母が建てた家だ。
家族四人で暮らした家だ。
捨てたくなんかない。
でも。
紬はあの家に、戻りたいだろうか。
「紬は、どうしたい?
嫌な思いもしただろうけど、父さんと母さんと住んでた家だし、学校も変わることになるし……」
スマホの画面に、紬がゆっくりと文字を打った。
『寂しいけど しょうがないと思う
あの家でひとりでお留守番するの怖いし』
返す返すも、紬を傷つけた男が憎い。
僕は一度ぎゅっと目を閉じて、絞り出すように答えた。
「……家は、売ります」
小野寺さんと理子さんが静かに頷いた。
食事が終わって、小野寺さんが帰る支度をしている時、僕は思い切って言った。
「今日も、本当にありがとうございます。
……いつか必ず、お返しします」
小野寺さんはふと笑った。
「いいのよ。
いつか奏汰くんが社会人になって、少し余裕ができた時に、困ってる誰かにしてあげればいいの。
あとはそうね、何かあったら抱え込まずにちゃんと相談してちょうだい。
それだけでいいから」
玄関で靴を履きながら、小野寺さんは紬と小町にひと言声をかけて、帰っていった。
閉まったドアを、僕はしばらく見つめた。
僕たちを助けても、ふたりにはなんのメリットもない。
理子さんも、小野寺さんも、ただ、僕たちが困っているから、助けてくれる。
かっこいい人たちだと、思う。
(……いつか、僕も、こういう大人になれるんだろうか)
リビングに戻ると、小町が紬の膝の上で丸くなっていた。
理子さんはすでにダイニングテーブルで何かの書類を広げている。
僕には厳しいけど、でも確かに、僕たちのために動いてくれている人。
今はまだ、どうたらいいか分からない距離があるけど、きっとなんとかなる。
僕は紬の膝から小町を抱き上げて琥珀色の目を覗く。
「なぁ、小町。僕たちも少しは仲良くなったよな?」
小町は猫パンチを繰り出して、僕の腕から逃げた。




