それで、実家をどうするか
帰り道、小野寺さんがお惣菜を買ってくれた。
マンションで四人で夕飯の支度をする。
支度といっても並べるだけだったけど、賑やかで楽しかった。
食事をしながら、これからやるべきことの話になった。
「紬ちゃんのスマホも新しく契約しないとね」
「えーと、あとは保険関係と、銀行と……証券口座なんてあるのかしら?」
「母はいつも、バターが高いとか小麦粉が高いとか言ってたから、そんなにお金はないと思いますけど……」
理子さんが短く言った。
「調べてみないと分からない。
通帳とか証書とか、探さないといけないわね」
「……はい」
あの親戚が占拠している家に、探しに行かないといけない。
少し間が空いてから、小野寺さんが切り出した。
「実家はどうするつもり?」
テーブルの上の惣菜を僕はしばらく見つめた。
「……最初は、あいつらを追い出せたら、帰れると思ってたんですけど」
「そうよね」
「でも、こっちで就職活動した方が便利なのは確かで、……実家から通える職場が見つかるかも分からないし。
ふたりで住むには、部屋が多すぎるし……」
言葉にしながら、少しずつ、帰りたいという気持ちと現実の乖離に気づいていく。
「こっちと違って、近所付き合いしないとやっていけないところなので、その親戚の影響もあるし……。
維持費だって、かかりますよね」
「そうねぇ」
「……売った方が、いいんでしょうね」
口に出すと、胸の奥がずきりとした。
テーブルの向かいで、紬がじっと僕を見ていた。
父と母が建てた家だ。
家族四人で暮らした家だ。
捨てたくなんかない。
でも。
紬はあの家に、戻りたいだろうか。
「紬は、どうしたい?
嫌な思いもしただろうけど、父さんと母さんと住んでた家だし、学校も変わることになるし……」
スマホの画面に、紬がゆっくりと文字を打った。
『寂しいけど しょうがないと思う
あの家でひとりでお留守番するの怖いし』
返す返すも、紬を傷つけた男が憎い。
僕は一度ぎゅっと目を閉じて、絞り出すように答えた。
「……家は、売ります」
小野寺さんと理子さんが静かに頷いた。
食事が終わって、小野寺さんが帰る支度をしている時、僕は思い切って言った。
「今日も、本当にありがとうございます。
……いつか必ず、お返しします」
小野寺さんはふと笑った。
「いいのよ。
いつか奏汰くんが社会人になって、少し余裕ができた時に、困ってる誰かにしてあげればいいの。
あとはそうね、何かあったら抱え込まずにちゃんと相談してちょうだい。
それだけでいいから」
玄関で靴を履きながら、小野寺さんは紬と小町にひと言声をかけて、帰っていった。
閉まったドアを、僕はしばらく見つめた。
僕たちを助けても、ふたりにはなんのメリットもない。
理子さんも、小野寺さんも、ただ、僕たちが困っているから、助けてくれる。
かっこいい人たちだと、思う。
(……いつか、僕も、こういう大人になれるんだろうか)
リビングに戻ると、小町が紬の膝の上で丸くなっていた。
理子さんはすでにダイニングテーブルで何かの書類を広げている。
僕には厳しいけど、でも確かに、僕たちのために動いてくれている人。
今はまだ、どうたらいいか分からない距離があるけど、きっとなんとかなる。
僕は紬の膝から小町を抱き上げて琥珀色の目を覗く。
「なぁ、小町。僕たちも少しは仲良くなったよな?」
小町は猫パンチを繰り出して、僕の腕から逃げた。





