第1章4話
本作は現在制作途中の作品となっております。
そのため、今後の展開に応じてストーリーや設定、名称などに調整や変更が入る可能性があります。
できる限り違和感のない形で更新していく予定ですが、あらかじめご了承いただけますと幸いです。
「――というわけで、今日から森で独りで過ごしてもらうよ」
イレーネは、当然のような顔で言った。
「というわけでって……まだ全然仙素を使いこなせてないのに、魔物がいる森で一人でサバイバルしろってのかよ」
思わず変な声がでる。
イレーネは肩をすくめた。
「未熟だからこそだよ。死線を潜るのが、一番手っ取り早く強くなる方法さ。それに――」
俺の細い腕を、ぐいっとつまむ。
「いくら仙纏で肉体を強化できるとはいえね。元の体が強靭であるに越したことはないんだよ、このヒョロヒョロ坊主」
「ぐっ……」
自分の棒切れのような腕を見ると言い返せない。
そうして、俺はイレーネの家から遠く離れた森の一角に、荷物らしい荷物もないままあっさりと放り出された。
「じゃ、死なない程度に頑張りな」
そう言い残し、イレーネは本当にそのまま去っていった。
「マジかよ……」
風が、森の木々を揺らす音だけが響く。
(……とりあえず、やれることをやるしかねぇな)
胃のあたりが落ち着かない感覚を飲み込んで、俺は深呼吸した。
「とりあえず仙素の特訓、か?」
自分に疑問を投げるように呟く。
イレーネの教えを思い出しながら、手を前に出す。
「火球」
手の前に、小さな炎がぽっと灯る。睡眠を取った事で集中が戻ったようだ。
……が、勢いは弱く、すぐにしぼんで消えてしまった。
「くそ……火は出るけど、火力がショボすぎるな」
何度も何度も繰り返すが、状況は大きく変わらない。
火は出る。しかし、松明にもならない程度の小さな光。
なら次は仙纏だ。
「仙素を体に纏わせるイメージ……防御と強化」
拳に仙素を集めるイメージを浮かべ
「仙纏」
近くにあった太い木に向かって拳を叩き込む。
「どりゃっ!」
バキッ、と鈍い音が鳴る。
「……っいってぇぇ!」
木の幹には、かすり傷ひとつついていない。
代わりに俺の拳の皮が擦りむけて、じわりと血が滲んだ。
「普通のパンチじゃねぇか……」
歯を食いしばって、もう一度。
今度はさっきよりも仙素を濃く――イメージ、イメージ。
結果は、変わらない。
拳が痛いだけだ。
どれくらい時間が経ったか分からない。
拳には血が滲み、腕は鉛のように重く、汗で服が張り付いていた。
「……腹、減ったな」
不意に、胃がきゅうっと縮む感覚が襲ってきた。
そのとき。
ガサガサ、と近くの茂みが揺れた。
「っ!」
反射的に身構え、茂みを睨みつける。
そこから現れたのは――オークでもゴブリンでもなかった。
茶色の毛皮をした細身の四足の生き物。
大きな黒い瞳がこちらをじっと見つめ、切り傷のつけられた耳をぴくぴくと動かしている。
「鹿、か?この世界にも鹿はいるのか」
見た目は大人しそうだ。
角も短く、こちらに敵意を見せている感じはない。
「確か、食えるよな...」思わず呟く。
鹿は小さく鼻を鳴らした。
近くに落ちていた、尖った木の枝を手に取る。
「よし……いくぞ」
槍投げのフォームを真似て、鹿に狙いを定める。
「ふんっ!」
仙纏を意識し、全力で投げた。
……が。
木の棒はあっさりと勢いを失い、鹿のずっと手前で地面に突き刺さった。
「全ッ然届かねぇ……」
鹿は、俺を一瞥すると、優雅な足取りで森の奥へと消えていった。
「これ...まずいな...」
イレーネの言葉が蘇る。
『この辺りの森はね、ゴブリンどもが果物や木の実を食い荒らしたせいで、食い物になるものがすっかり減っちまってる。魔物も少ない代わりに、食料になるような動物もほとんど寄りつかない』
『もし動物が現れるとしてもね、ゴブリンに狩られることなく生き延びてる、素早くて賢いやつだろうさ。仙素をうまく使えないと、とてもじゃないが飯にありつけないだろうね』
(その“賢いやつ”を、さっきあっさり逃がしたわけか……)
それから、何も口にしない日々が続いた。
一日目。
二日目。
三日目。
偶に徘徊しているゴブリンに気をつけながら食料を探す。川があったので、水だけはなんとか確保できた。
だが、魚は一匹も見えない。
腹は空いているはずなのに、三日目の終わりには、その感覚さえよく分からなくなってきていた。
「...もう腹が減ってるのか、減ってないのかも分かんねぇ……」
足取りは重く、頭はぼんやりする。
仙素の修行どころではない。もう方角すら分からないがアルネスの街に戻ろうかという考えが、頭をよぎる。
「何で俺...こんなことしてんだろ...」
倒木にもたれかかるようにして、俺はその場に仰向けに倒れ込んだ。
空は、枝の隙間からしか見えない。
(……ここで、飢え死にか)
そんな最悪な未来を想像したとき――
視界の端を、ふわりと影が横切った。
「……?」
首だけを動かして見る。
そこには、あの時の耳に傷がついている鹿が、のそのそと歩いていた。
「……あ」
つい、声が漏れた。
鹿もどきの耳がぴくりと動き、こちらを振り返る。
次の瞬間、危険を察したのか、反対方向へ全力で走り出した。
「お、おいおいおい!待てェ!」
全身が勝手に動いていた。
ふらつく足に鞭打って立ち上がり、鹿の後を追いかける。
走りながら、倒木のそばに立てかけてあった、十分に太くて先端が尖った木の枝を掴んだ。
(ここで逃したら、本当に終わりだ)
残っている体の気力を絞り尽くすように集中する。あのオークを殺したときの感覚を思い出す。
常識の枠を越えて、自分の身体が自分じゃないみたいに動いた、あの瞬間。
空腹で体調は最悪なのに、頭は妙に冴えていく。
自分が、陸上部の槍投げ選手にでもなったようなイメージが、鮮明に浮かぶ。
木の槍を真っ直ぐに構え、狙う。
(...いける)
全身の筋肉が、固く締まりギチギチと弓のように張り詰めていくような感覚。
「――仙纏ッ!」
気合とともに、思い切り投げた。
木の棒は、今までとは比較にならない速度で、まっすぐ空を裂いて飛んでいく。
途中で失速することもなく、一直線に鹿の脇腹へ―
ドスッ!
鈍い音とともに、横腹を貫通し、そのまま後ろの木に突き刺さった。
鹿が、短い悲鳴とともに地面に崩れ落ちる。
「……や、やった……」
ふらつく足を引きずりながら、ゆっくりと獲物に近づく。
ジタバタともがいていたが次第に動かなくなる。残った力を振り絞り、近くから枯れ枝を集める。
震える手を前に出して、小さな火球を何度も何度も起こし、火種を作った。
やがて、焚き火がぱちぱちと音を立て始める。
「……ふぅ……」
鹿の毛皮をできる限り剥ぎ、適当にぶつ切りにして、枝に刺して炙る。
香ばしい匂いが立ち昇り、腹がまたきゅうっと鳴った。
「いただきます……」
熱々の肉にかぶりつく。
野生の肉らしく少し硬いが、噛むほどに脂と旨味が滲み出てくる。
塩も胡椒もないのに、信じられないほど美味かった。
「……う、うめぇ……」
思わず涙が出そうになる。
今まで美味いものはそれとなく食べてきたが今、この瞬間の俺にとっては、この鹿の肉が、人生で一番のご馳走だった。
骨の周りまでしゃぶり尽くし、腹が膨れると、全身から力が抜けていく。
(……俺、生きてる……)
生を感じながら焚き火の赤い光をぼんやり眺めながら、そのまま気絶するように意識が薄れていった。
――バゴッ。
「っだぁ!?」
いきなり顔面に衝撃が走り、飛び起きた。
「やっと起きたかい。そろそろ死んだ頃かと思って見に来たら、何とか生き延びてるじゃないか」
「こんのババア……! 人が死にかけてたのに、やっと来たかと思えば寝込みを襲いやがって!」
顔を押さえて抗議すると、イレーネはケラケラ笑った。
「人聞きの悪い。仙纏を覚えたなら、周りの仙素の流れも少しは感じられるようになってきてるだろう。寝てる時でも、常に感覚を張り巡らせてないと、この先生きていけないよ」
「この先って……まだあんのかよ?」
「決まってるだろ。次の段階さ」
イレーネは、森の奥を顎でしゃくった。
「ここらは、魔物も対して寄りつかない安全なエリアだ。だからこそ、あんたが飢えて死にかけた」
さらっとひどいことを言う。
「次は、魔物がうようよしてるエリアに連れていくよ。この森の奥には、ゴブリンやオークどもが巣にしてる拠点がいくつもある」
「……マジかよ...」
「ああマジだよ、あんたにはそれらを独りで――時間はどれだけかけてもいいから、壊滅させてもらうよ」
イレーネの目は、冗談を言っているときのそれではなかった。
「それができた頃にゃ、この辺の魔物どころかそこらの半端な仙師如きにはやられないくらいにはなってるだろうさ」
焚き火の火が、老婆の横顔を赤く照らす。
恐怖と、同じくらいの興奮が胸の中で渦を巻いていた。
そして――半年が過ぎた。
アルネスの街に、小さな噂が広がり始めていた。
ゴブリンの巣が、いつの間にか消えている。
オークの死体が森の中で発見された。
「近頃、森が騒がしいねぇ...」
イレーネは、薬草を束ねながら呟いた。
「……あいつの仕業だろうね。様子を見に行ってみようかね」
杖を手に取り、森の奥へと歩を進める。
しばらく進むと、遠くから騒がしい怒号と金属音が聞こえてきた。
音のする方へ近づく。
木陰の向こうに見えたのは、この森で最大規模のオークの根城――そして、その中央で今まさに戦っている、一人の青年の姿だった。
顔が見えなくなるほど、髪と髭が伸び、ぼさぼさに乱れている。
服はぼろぼろだが、その下の体は、一回りも二回りも厚みを増していた。
あの日、森に置いてきた貧弱な青年――ゲンジが、そこにいた。
棍棒を持ったオークが、唸りを上げて襲いかかる。
だがゲンジは、その一撃をあっさりと身を捻って避け、すれ違いざまに仙素を纏った拳で顎を砕く。
別のオークが背後から斧を振り下ろす。
死角からの不意打ち――だが、ゲンジはまるで見えていたかのように半歩横へずれ、斧が空を切り裂き地面にめり込んだ瞬間、火球をオークの眼前に展開する。
ぼうっ、と眩い光。
次いで、焼け焦げる肉と脂の匂い。
オークの顔を焼き尽くす。
火球と呼べなかった弱弱しい炎は立派な火球へと姿を変えていた。
「まるで別人だねぇ……」
イレーネは木陰からその様子を眺め、感心したように呟いた。
「仙素の動きを、ちゃんと感知してるね。視覚外からの攻撃にも、ちゃんと対応できてるじゃないか」
ゲンジは、倒れたオークの棍棒を拾いあげ襲い来るオークの頭蓋を叩き割り、落ちていた短剣を投げナイフのように投げ、逃走を図るオークの後頭部を正確に射抜く。
血飛沫が舞い、獣の断末魔が森に響く。
だが、渦中で戦っているゲンジの表情は、冷静だった。
恐怖に飲まれていたあの頃とは違う、研ぎ澄まされた視線。
やがて、オークたちの数はみるみる減っていく。
「グルルルルルァァァァ!!」
拠点の奥から、ひときわ大きな咆哮が響く。
立ち上がったのは、他のオークより一回り大きな個体だった。
分厚い筋肉、黒ずんだ皮膚。首にはゴブリンや人間の頭蓋骨を繋いだネックレス。
「お前が親分か」
ゲンジが、短く息を吐く。
「懐かしい気持ちだ.....いつかの借りを返させてもらうぜ」
オークの親玉は巨大な戦斧を肩に担ぎ、地面を踏み鳴らしながら突進してくる。
一歩踏み出すごとに、地面がわずかに揺れる。
ゲンジは仙素を脚に纏わせ大地を蹴り上げ、真正面から一気に距離を詰める。
斧が横薙ぎに振るわれる。
紙一重で上半身を反り、腹のあたりを掠める一撃を避けようとする――が。
「っ……!」
斧の刃先が、わずかに脇腹を切り裂いた。
血が飛び、布が裂ける。
だが、その瞬間にはゲンジの足は動いていた。
「オラッ!」
渾身の蹴り上げが、巨漢の股間を直撃する。
「ギャウゥゥゥアアアアア!!」
どんなに屈強な怪物でも、そこは急所らしい。
オークの親玉は膝から崩れ落ち、のたうち回る。
「悪いな、綺麗に勝つ余裕は無いもんでな」
ゲンジはオークから目の前に立ち、片手を前に突き出した。
「――想創武装」
短い詠唱とともに、白く輝く仙素が空中で凝縮し、 一本の刃を形作っていく。
それはこの大陸で見慣れた剣とも、戦斧とも、槍とも違っていた。
細く、湾曲し、静かに光を宿したその刀身は、まるで“斬る”という役割だけを極限まで研ぎ澄ませたかのような形をしている。
装飾らしい装飾はない。だが、その簡素さがかえって不気味だった。
ゲンジのいた世界の武器だろうか.....イレーネには分からない。
ただ、あの刃に首を撫でられれば、どんな魔物でも無事では済まない――それだけは分かる。
それを、横薙ぎに切る。
オークは、悲鳴を上げる暇もなく、首を落とす。
残っていたオークたちは、一瞬で戦意を失い、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
肩で息をしながら、その場に腰を下ろした。
「ふぅ……やっと終わった...」
「やるじゃないか、武器を生成する仙術まで自分で身に付けるとは思わなかったよ、ありゃあんたの世界の武器かい?」
背後から声をかけると、ゲンジの肩がぴくりと揺れた。
振り返った彼の顔は、髪も髭も伸び放題で、森の野生動物みたいになっていたが――その目は、あの戦場で怯えていた青年のものとは明らかに違っていた。
「……見てたのか」
「酷い面だねぇ、だが実力は合格だよ」
イレーネは笑いながら言う。
「半年でここまでやるとは思わなかったよ。この森で一番でかいオークの拠点を潰すなんてね」
「あんたがやらせたんだろ……まあ結果はこの通りだが」
ゲンジは自嘲気味に笑い、立ち上がる。
「さて。約束は果たした。久しぶりにちゃんとした飯が食べたいぜ」
「その前に風呂に入りな、臭いったりゃありゃしないね」
そう言って、二人は戦場を後にした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本作は制作途中のため、今後の展開や構成の都合により、ストーリーや設定、名称などに調整・変更が入る場合があります。
より良い作品になるよう試行錯誤しながら執筆しておりますので、温かく見守っていただけると嬉しいです。




