第2章5話 酒と拳
本作はカクヨムと同時掲載となっております。
また、本作は現在制作途中の作品となっております。
そのため、今後の展開に応じてストーリーや設定、名称などに調整や変更が入る可能性があります。
できる限り違和感のない形で更新していく予定ですが、あらかじめご了承いただけますと幸いです。
授業が終わり、教室を出る。
ざわついていた空気も、外に出ると少しだけ落ち着いた。
「ふぅ……疲れたな」
思わず、肩が落ちる。
「初日からあの内容はなかなか重いな」
隣でリュカが軽く笑う。
「半年後に命懸けってのは、笑えねぇけどな」
「それがこの世界だろ?」
あっさりとした返答。流石にこの世界の現地人である。
少し歩く。
人の流れに紛れながら、自然とさっきの光景が頭に浮かぶ。
「なあ、さっきの……あの娘」
「ああ、あの変なのに絡まれてた奴か」
リュカは特に気にした様子もなく答える。
「どう思う?」
「どうって……まあ少しは可哀想だなとは思うが、俺達が目指しているのは仙師だ。あんな木っ端にやられてるような奴はどの道この先やっていけねえさ」
肩をすくめる。
「まあそうなもんだよな……」
少しだけ間が空く。
「でもよ」
リュカが続ける。
「女で仙師になろうとしてんだ、きっと硬い覚悟を決めてここに来たはずだぜ?」
その言葉に、少しだけ納得する。
「ま、アイツらが胸糞悪いクズな事は変わらねぇけどな」
リュカは笑った。
「そりゃ違いねぇ、なんか酒でも飲みたい気分だな」
「おっ!いいねぇ……嫌なことがあった時は酒飲むのが一番だ、良い店なら知ってるぜ」
はしゃぐようにリュカは言う。どうやらこいつは見た目通りの酒好きなようだ。
「じゃあ夜になったらそこに行こう」
俺とリュカは一時別れ―――。
何事もなく夜が来る。
「ええっと、ここら辺だっけか……」
若干の迷子になりつつも、リュカから教えてもらった記憶を辿りに彷徨う。
大きな木製の看板。
――《鋼狼亭》。
中から聞こえてくるのは、怒声と笑い声、そして何かがぶつかる鈍い音。
「ここ、っぽいな……?」
覗くだけのつもりで、扉を押した。
中は、熱気と酒の匂いが混ざり合った、むせ返るような空気だった。
屈強な男たちが、ジョッキを片手に大騒ぎしている。
そして――カウンターでこちらを見つけ、はしゃぐ男の姿が見える。
「おうゲンジ!遅ぇぞ!」
そこには既に酔っ払っているリュカがいた。
「遅くねぇよ、お前が早すぎんだよ、先に始めやがって」
「まあまあ、とりあえず飲めよ、エールひとつ!」
リュカが店員に向かって手を上げる。
すぐに運ばれてきたのは、木製のジョッキに注がれた琥珀色の酒。
泡が粗く、表面でぱちぱちと弾けている。
(……見た目は、普通のビールみたいだな)
軽く持ち上げて、口をつける。
――苦い。
だが、その奥にほんのりとした甘み。
喉を通ると同時に、じんわりと熱が広がる。
「……悪くないな」
「フッ、だろ?」
なぜかリュカが自慢げな顔しながらニヤリと笑う。
「王都の酒はレベル高いからな」
そのまま、もう一口。
さっきよりも、すんなり入る。
(……これは、疲れた体に染みるな)
気づけば、ジョッキは半分ほど空になっていた。
「いいペースじゃねぇか」
リュカが楽しそうに言う。
「意外と酒好きか?」
「……あんまり飲んだことは無かったが、こいつぁ好きになりそうだ」
「いいねぇ……これからもっと好きになるだろうぜ」
そこからは、特に会話らしい会話もなく。
飲んで、つまんで、また飲む。
騒がしい空間の中で、時間だけが適当に流れていく。
――そして。
「ゲフッ……うぃ〜……」
リュカがテーブルに突っ伏した。
「……どうした?」
俺が来る前にも散々飲んだのだろう、いつの間にか潰れていた。
「おい、リュカ」
軽く肩を揺する。
「……うえ……キモチワリ……」
青い顔でリュカが言う。
「……ダメだなこりゃ」
完全に出来上がってる。
潰れたリュカをどうしようか悩んでいると、喧騒が聞こえてくる。
中央の広間で、二人の男が素手で殴り合っていた。
「おおおっ!!」
誰かが歓声を上げる。
拳が頬にめり込み、血が飛ぶ。
しかし倒れない。
殴られながら、殴り返す。
迫力満点の見ものな喧嘩だった。
「勝った方に、銀貨十枚だーっ!!」
「賭けだ賭けだ!」
どうやら、賞金付きの殴り合いらしい。
純粋な肉体勝負。
殴り合いは、数分で決着がついた。
最後まで立っていた男が、勝者として喝采を浴びる。
「次、誰行く!?」
その声に、大男達は辺りを見回す。
一人の男がこちらを見つけ、ニヤつきながら言った。
「お、そこの若いの仙師候補生か? その体つき、なかなかだな」
「仙師になりたいなら喧嘩も得意だろう、やってみるか?」
冗談半分、誘い半分。
だが周囲の空気は、“やれ”と言っている。
(……ま、俺も酔いが回ってきて気分がいい)
「賞金は幾らなんだ?」
そう言って、上着を脱いだ。
上着を脱ぐと、おおっ!と歓声があがる。
「なんだよアンチャン!ただ鍛えてる訳じゃ無さそうな身体だな!?」
至るところに点在する傷跡を見て、男が感嘆する。
「俺が捻ってやんよぉ、どうだぁ?若いの」
目の前に出てきたのは、酒臭い息を吐く中年の男だった。
顔は真っ赤で、足取りも若干ふらついている。だが――鍛えてるのだろう、体格だけは無駄にいい。
「……フラフラじゃんか」
肩を鳴らしながら、適当に構える。
「いくぞぉっ!」
男が大振りの拳を振り下ろしてくる。
動きは単純。力任せで、軌道も丸見え。
(……賞金は頂かせてもらおうか)
半歩だけ身体をずらす。
拳が空を切る。
そのまま、無防備に晒されたアゴへ――
コツッ。
軽く打ち込む。
「――ぐえっ!?」
男の体がくの字に折れる。
呼吸が止まったように、膝が崩れた。
「次は? もういいのか?」
煽るようなその一言に、男達が歓声をあげる。
「まだまだいるぞ!誰かこのガキを倒せるヤツは居ねぇのか!?」
その一声を皮切りに、続々と立候補してきた酔っ払いの大男数人と戦った。
相手は皆、酒が入っているとはいえ、体格がデカいだけあって中々に強い。
だが、仙纏を使えば勝つのは造作も無いことだった。
勝つたびに、周囲の声が大きくなる。
「おいおい、あの仙師候補生、思ったよりやるぞ」
「何処のモンだ?」
――男達がザワついていると、一人の大男が前に出る。
「中々筋がいいな、俺が相手しようか」
静かに、しかし不自然なほどよく通る声が響いた。
人垣が割れる。
現れたのは――
こんな目立つ男、いつの間に店に入ってきていたのだろう……ツルツルと黒光りした坊主頭。とてつもなく練り上げられたであろう事が一瞥して分かる体格の、肌の黒い男。
薄ら頬が赤く染まり、酔っているのだろうが、息は乱れていない。
そして、一番気を引くのは左腕の鉄腕。ガントレットってやつだろうか。
ただですら大きい右腕の三倍ぐらいある、重厚で細工が施された金属の塊を左腕に纏わせている。
その場に立っただけで、空気が変わった。
(……なんだコイツ……達人かなんかか?……)
ガントレット以外、衣服以外特に何も纏っていないのに、まるで“全身鎧”をまとっているような感覚。
「おうおうガラムじゃねぇか!特仙級が仙師候補生相手して大丈夫かよ!」
酔っぱらい共が随分興奮している。
(……特仙級!?……今朝習った、国をひとりで制圧できるっつう化け物じゃねぇか!なんで酒場にそんな奴が急に出てきて決闘しかけてくんだよ!)
そんなことを考えていると、黒い大男が目前に現れる。
「いいセンスをしてるな、坊主」
黒い大男――ガラムと言うのだろうか……は、俺を見て言った。
「だが……仙纏に頼り過ぎているな……己の鍛え上げられた身体あってこそ仙纏は真価を発揮する……ほれ、いっちょかかってこい」
「かかってこいったってアンタ……」
チラリとガラムのガントレットを一瞥する。恐らく俺では両手ですら満足に持ち上げられないだろう。
「……ああこれか?安心しろ、左腕は勿論使わんし俺は仙纏も使わん……ほれほれ」
指を折りながら、ガラムは少し挑発的な顔をして言う。
流石は伝説の特仙級様……俺など赤子同然らしい。
だが……俺だって伊達に森で半年間修行してきた身だ……仙纏を使えば、そこそこの岩くらいなら拳で砕ける。こうまで舐められると、酒も相まって興が乗ってくる。
「おっさん……特仙級だが知らんが、恥かいても知らんぜ?」
「いい顔だ、男はそうでなくてはな。行くぞッ!」
次の瞬間――
視界が、白く弾けた。
何が起きたのか、分からなかった。
気付いた時には、酒場の床と接吻していた。
肺の中の空気が、すべて外に逃げた感覚。
遅れて、肋骨に鈍い痛みが走る。
「!?……がはっ」
立ち上がろうとして、膝がガクガクと笑った。
周囲は、おお〜!と見物している。
ガラムは、少しだけ驚いたような顔をして言った。
「ほう……まだ立とうとするか、今期は良い仙師候補生が揃ってそうだな」
一歩、近づいてくる。
「お前は仙素に意識を割き過ぎだ、もっと基本的な肉体の動きを最適解にしろ」
「ベラベラ講釈垂れてんじゃねぇ!」
今度は、こちら側から打ち込みにいく。
拳を握り構え、踏み込むッ……と思った瞬間、眼前に剛拳が飛んでくる。間一髪で視界に捉えられた拳を、頬が擦れるぐらいギリギリで避ける。
(あっぶねッ!ここだッ!)
避けながらも反撃の大一撃を顔に打ち込もうとした時、目の前の大男の姿が消える。
「!?」
いや、消えたと錯覚するほど速いのだろう。
そんな思考をしている内に、ズンッ!と腹に衝撃が走った。
「ガハッ!う、ウプッ!」
腹を抑えて呻く。
胃の内容物が急激に上昇してくるのが分かる。
「あ〜ありゃ、ヤバいな」
一人の観客が声をあげる。
「す、すまん。まさかここまでやれるとは思わなくてな……つい……」
ガラムはそういいながら、店の出口を開ける。
俺は店の外へ駆け出し、路地裏でうずくまる。
「おッ、おえぇぇぇ〜」
胃の内容物が滝のように放出される。
「クソッ、あのおっさんなんなんだよ……」
嗚咽を交え、涙目になる。
ひと通り落ち着いたので店の中に戻ると、そこはまた一段と騒々しかった。
「おう小僧!戻ってきたか、悪かったな!」
そこにはジョッキを掲げ、こちらに手渡してくるガラムの姿があった。
「あんな後で酒なんて飲めるかよ……」
「後だからこそ飲むんだろ?お前、名前は?」
酒をグビッと流し込みながら、ガラムは言う。
「ゲンジだ」
「俺はガラムってんだ。皆ァ!今日はこのゲンジの漢気を買って、全部俺の奢りだ!飲め飲め!」
うおおおおお!と周囲から歓声が上がる。
「おいゲンちゃん、随分楽しそうな事になってるじゃないの」
いつの間にか起きていたリュカが、酒を片手に言う。
「お前、人の気もしれないでよ……」
「まあまあ、あのゴツいおっさんの奢りなんだろ?飲もうぜ」
そういってジョッキをぶつけてくる。
「ったく、明日も授業あるっつうのに、どうなっても知らねぇぞ?」
そう言いつつ、酒を流し込む。
そこから先の記憶は、ところどころ途切れている。
ただ――酒を次々と飲まされ、見知らぬ男たちに囲まれながら肩を組まれ、何度も乾杯を繰り返していたことだけは覚えている。
おっさんと肩を組み、おっさんと笑い合い、気づけば腕相撲だの飲み比べだのと騒ぎに巻き込まれていた。
リュカもいつの間にか完全復活していて、隣で大声を上げながら酒を煽っていた気がする。
ガラムもまた、豪快に笑いながら、周囲の男たちと酒を酌み交わしていた。
肉を食い、酒を流し込み、また誰かと騒ぎ――
そんな時間が、延々と続いていたように思う。
断片的に覚えているのは、皆が豪快に笑っていたことぐらいだ。
――そして。
気づけば、意識はそこでぷつりと途切れていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本作はカクヨムと同時掲載となっております。
また、本作は制作途中のため、今後の展開や構成の都合により、ストーリーや設定、名称などに調整・変更が入る場合があります。
より良い作品になるよう試行錯誤しながら執筆しておりますので、温かく見守っていただけると嬉しいです。




