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(くそっ! 完全にイカれてやがる!)
どうにかして逃げ出そうとあがいていた男が、恐怖に顔を引きつらせた。
「こ、公爵様。誤解です。私は決して……あぎゃあっ!」
ラルカンの拳が男の鳩尾に正論突きの如く突き刺さった。
やがて、ぐったりとした男の髪を掴み上げたラルカンは、周囲を見渡した。使用人たちが当惑した表情で彼を見つめていた。 どいつもこいつも見覚えのない顔ばかりだ。先ほど廊下を歩いた時もそうだったが、ラルカンが本来雇っていた使用人たちの姿は影も形もなかった。
(整理を……せねばな)
男をブランシェのすぐ隣の牢に放り込んだラルカンは、使用人たちの身上書を確認した。 結果は想像以上に惨憺たるものだった。 現在屋敷で働く使用人の約四分の三が、ブランシェの推薦で雇われた者たちだった。その多くが出自も経歴も不透明な者たちで、本来ならば公爵家の敷居を跨ぐことすら許されない危険分子ばかりだ。 せめて、家の騎士や私兵にまで手が伸びていなかったのが不幸中の幸いと言えた。
(私が……私が家を破滅させていたのか……)
亡き父をはじめとする歴代の公爵たちに合わせる顔がなかった。
翌日。 すべての書類を余さず確認したラルカンは、使用人たちを屋敷のロビーに呼び集めた。彼の腰には、騎士として名を馳せていた頃に愛用していた剣が差されていた。
「今から名を呼ぶ者は解雇とする。承知しておけ」
一方的に宣言した後、一人ずつ名前を読み上げていった。
「ちょっと待ってください! こんな急に解雇だなんて! 横暴にもほどがある!」
「そうだ! あんまりだ!」
「いくら旦那様でも、こんなことが許されるはずがありません!」
使用人としての本分はおろか、身分の差さえ忘却した抗議が飛び交った。 実に無礼な光景だったが、すでに予想していたことゆえラルカンは意に介さなかった。
「それがどうした? この場所の主は私だ。一介の使用人風情が、私に口答えをするつもりか?」
「いや、それでもあんまりじゃないですか! 奥様とは話がついているんですか!?」
「俺たちは正真正銘、奥様の許可を得て雇われた身です! 旦那様といえど勝手はさせません!」
「どうしても解雇したいなら、奥様と相談してからにしてください! きっと俺たちのために立ち上がってくださるはずだ!」
使用人というよりは裏路地のゴロツキに近い風貌の者たちが、ブランシェの名を出して凄んでみせた。普段のラルカンならブランシェに首ったけだったため、十分に効果的だと踏んだのだろうが、不幸なことに今は状況が違った。
「奥様だと?」
ラルカンの両目が鋭くぎらついた。鞘から剣を引き抜くと、真っ先に抗議していた男に向かって一閃した。
「きゃあああっ!」
瞬時に仲間の首と胴体が泣き別れになり、使用人の一人が悲鳴を上げた。
「その口を閉じろ!」
ラルカンの凄まじい怒号がロビーを震わせた。その気迫に圧倒された使用人たちは、狼狽したまま凍りついた。
「貴様らがそれほど慕う奥様とやらは、今や重罪人として地下牢に繋がれている! 執事長も同様だ! これ以上私を刺激するな。こいつのように物言わぬ肉塊になりたくなければな!」
血と殺戮を伴う脅迫。それだけに効果は絶大だった。 使用人の中に、これ以上抗議する者は一人もいなかった。こうして、ブランシェの手の者が入り込んだ使用人たちは、根こそぎ屋敷を去ることとなった。




