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「こ、公爵様……」
背後からブランシェの苦しげな声が聞こえてきたが、ラルカンは一顧だにしませんでした。
(急がねばならぬ)
屋敷の中には、ブランシェの仲間がいるやもしれぬ。もし先ほどの騒ぎを聞きつけていれば、証拠を隠滅しようと動く可能性が高い。その前に手を打つ必要がありました。
「旦那様、急に何を……ああっ!」
立ちふさがる侍女を突き飛ばし、ラルカンは本邸の扉を荒々しく蹴り開けました。
「……」
ラルカンの表情が凍りつきました。 彼の妻であり、唯一愛する女性であるエリザ。本来、この本邸は完全に彼女のために整えられた場所でした。 しかし、今はどうでしょう。 エリザの痕跡は木っ端微塵に消え去り、忌々しいブランシェの贅沢品ばかりが空間を埋め尽くしていました。
(エリザ……)
離婚届に署名していた時のエリザの姿が脳裏をよぎり、ラルカンは奥歯を噛み締めました。ブランシェに操られていた頃の記憶が頭を駆け巡り、彼の心を無慈悲にかき乱します。
(いかん、まだだ。まだ早すぎる)
今は、ブランシェが隠したものを探し出すのが先決だ。それまでは、胸の中に煮えくり返る悲しみと怒りを何とか抑え込まねばなりませんでした。
化粧台、クローゼット、ベッドの下まで、隈なく捜索しました。その間、使用人たちが駆け寄ってきましたが、鬼気迫る形相で本邸を荒らし回る主人を止めることなど到底できませんでした。
(これは……)
ベッドの中まで引き裂いて探していた時、ラルカンは一冊の小さな本を見つけました。鍵がかかっていましたが、知ったことではありません。鍵穴ごと引きちぎり、しおりの挟まれたページを読み進めました。
「はは……」
あまりにも馬鹿げた内容に、ラルカンは乾いた笑いを漏らしました。
『魅了の秘薬・調合法。第一章:材料の準備♡』
実に軽々しい小見出し。 しかし、これを読んだラルカンにとって、それは決して軽いものではありませんでした。
「秘薬……秘薬だと……?」
目眩に足が震えるのを、辛うじて堪えました。
(私が……たかだかこんな薬のせいで……)
操られていた頃に追い出した妻や側近たちの姿が、視界にちらつきました。
「旦那様、先ほどから一体何事ですか?」
がっしりとした体格に、見事な口髭を蓄えた中年男がラルカンに問いかけました。屋敷を統括していた執事を解雇した後、ブランシェの推薦を受けてその座に居座った人物でした。
「そ、それは!」
ラルカンの手に握られた本を見た男の表情が、驚愕に染まりました。 ラルカンの口元がわずかに歪みました。
「ほう、貴様にはこれが何であるか、よく分かっているようだな。あの女とは随分と親しくしていたようだからな」
「くっ!」
男は慌てて背を向け、逃げ出そうとしました。しかし、いかに速く走ろうとも、本気で追うラルカンを振り切ることなど不可能です。
ドォォォン!
「あぎゃああっ!」
ラルカンの手に捕らえられた男は、そのまま床に叩きつけられました。
「貴様には聞きたいことが山ほどある。もちろん、あの女も同様にな」
男の胸ぐらを掴み上げたラルカンの両目は、怒りで赤々と燃え上がっていました。




