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(あ……だめ! どうにかしてこの状況を抜け出さないと……)
「こ、公爵様……落ち着いて……私、ブランシェですよ……」
「黙れ!」
ラルカンの手に、いっそう力がこもった。 ブランシェの顔色が次第に蒼白くなっていく中、騒ぎを聞きつけた使用人たちが駆けつけてきた。
「奥様!」
「旦那様! お静まりください!」
使用人の一人が制止しようとすると、ラルカンはその男を鋭く睨みつけた。
「貴様らは何者だ? 私は貴様らなど雇った覚えはないぞ」
「それは……奥様のご紹介で入りましたが……」
「奥様だと?」
ラルカンの表情が情容赦なく歪んだ。その間にも、ブランシェの顔からは生気が失われていく。
「く、くうっ……」
「……」
ラルカンは喉を掴んでいた手を離した。かろうじて自由の身になったブランシェは、指の跡が鮮明に残る首筋をさすりながら、荒い息を吐き出した。
(た、助かった……? そうよ、そうでなくちゃ。薬の効果がそんなに早く切れるはずが……)
ブランシェが心の中で安堵したのも束の間、すぐに体が凍りついた。ラルカンが依然として殺気立った眼差しで彼女を見下ろしていたからだ。
「奥様だと? 貴様ごときがか?」
「きゃああっ!」
ラルカンはブランシェの長い金髪を荒々しく掴み上げた。
「長い話はしない。私に、そして私の妻に何をしたのか、今すぐ吐け」
「な、何をおっしゃっているのか、よく……」
「答える気はないということか」
ラルカンは眉をひそめた。
「者ども、この罪人を……」
使用人たちに命令を下そうとしたラルカンは、ふと言葉を飲み込んだ。先ほどの言葉通りなら、目の前の使用人たちはブランシェの手の者が入り込んでいるということだ。つまり、信用に値しない者たちだ。
「どけ」
ラルカンは立ち往生している使用人たちを突き飛ばし、前へと進んだ。片手では依然としてブランシェの髪を掴んでいたため、彼女を引きずっていく形となった。
「ああっ! みんな! 公爵様が正気じゃないわ! 今すぐ止めてえええ!」
ブランシェの叫び声にもかかわらず、使用人たちは容易に手出しができなかった。現役を退いたとはいえ、ラルカンは王国でも名の知れた騎士の一人だ。その強者が容赦なく殺気を放っている以上、一介の使用人風情に止められる道理がなかった。
ラルカンはブランシェを引きずりながら、迷いなく屋敷の廊下を突き進んだ。騒ぎを聞いて出てきた者たちが絶句したが、目もくれなかった。
「ぎゃあっ!」
地下牢に到着すると、ラルカンはブランシェを乱暴に投げ飛ばした。
「こ、公爵様……ゴホッ!」
ラルカンの蹴りがブランシェを強打した。一抹の慈悲もなく腹部に突き刺さった一撃に、ブランシェは意識が飛びそうになった。芋虫のように体を丸めて嘔吐する彼女を冷ややかに見下ろし、ラルカンは口を開いた。
「掃除の行き届いていない地下牢に、エリザを十日以上閉じ込める……確か、貴様が出した案の一つだったな?」
「ううっ……」
ブランシェの口から苦悶の呻きが漏れた。
しかし、ラルカンは一切気に留めることなく牢の扉を施錠した。
「抜け出そうなどと考えないことだ。この地下牢が特別であることは、貴様もよく知っているはずだろう」
公爵家でも重罪を犯した者を収容するための牢獄。特殊な金属で作られた鉄格子は容易に壊れず、腐食することもない。そして、扉の鍵は当主である公爵のみが持つことを許されている。 つまり、ラルカン以外にブランシェを救い出せる者は存在しないということだった。




