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「……」
ラルカンは独り、執務室の椅子に深く腰掛け、沈黙を守っていた。 疑わしい使用人たちをひとまず一掃したとはいえ、まだ安心するには早すぎた。解雇されずに残った者たちの中に、ブランシェの刺客や内通者が絶対にいないとは断言できないからだ。
(やはり、彼の助けが必要だ)
広大な公爵邸を統括していた執事長。ラルカンが生まれる前から公爵家に仕えてきた、忠臣の中の忠臣。 エリザの味方をしたという理由で解雇してしまったが、ブランシェの蛮行でむちゃくちゃになった公爵家を迅速に正常化させるには、彼の力は不可欠だった。
(そして……)
エリザの面影が脳裏に浮かぶと、ラルカンは右手の拳で胸を強く押さえた。 他の問題は今からでも収拾をつけられる。しかし、自ら追い出した妻については、何をどうしても明快な答えが見つからなかった。
(どうか、無事でいてくれ……)
現在、動員できるあらゆる人脈を駆使してエリザの行方を捜索中だ。また、彼女の行方に莫大な賞金を懸けているため、近いうちに何らかの報告が上がってくるはずだ。 これから耳にするであろうエリザの近況が、死という結末に結びついていないことを、ラルカンは切に祈りながら深い溜息を吐き出した。
コンコン。
「どなただ」
「お仕事中に失礼いたします。旦那様がお呼びになったお客様がお見えです」
「通せ」
執務室の扉が開くと、侍女とその隣に立つ小柄な老人の姿があった。
「ほほほ。お目にかかれて光栄ですわ、公爵様。この老骨をお探しだったとか?」
「ああ。貴殿に手を焼いてもらいたい連中がいる」
老人はニヤリと笑うと、手に持った革の鞄を愛おしげに撫でた。
「他ならぬ公爵様が、私のような卑賎な者の手を借りるほどとは。よほど並外れた手合いとお見受けしますな」
「ついてこい. 案内しよう」
「ほほほ」
老人は笑いながらラルカンの後に続いた。 彼の名は、ジョン・ドゥ。 裏社会で名を馳せる拷問のスペシャリストであり、その腕前は貴族の間でも定評がある。普段のラルカンであれば相まみえることすらなかったであろう存在だが、今の彼にとっては不可欠な人材だった。
「こ、公爵様……」
ラルカンが地下牢に降り立つと、ブランシェは恐怖に満ちた顔で後ずさりした。牢に閉じ込められて数日、洗うことも食べることもままならなかったせいか、その姿はかなり薄汚れていた。
「ふむ、この雌ですか? 思ったより見栄えがしませんな。肉も少なそうですし……少々期待外れです。むしろ隣の雄の方がマシに見えますよ」
「そうでもない。独りで私と公爵家を翻弄した稀代の悪女だ。拷問のしがいは十分にあるだろう」
「ふむ、公爵様がそこまでおっしゃるのなら。信じてみることにしましょう」
「こ、拷問だなんて、一体何を……?」
ブランシェが震える声で尋ねた。先ほどから自分を屠殺場の家畜のように**品定めするジョン・ドゥの視線に、総毛立つような寒気を感じたのだ。
「牢の鍵は任せる。兵を待機させておくゆえ、必要なものがあれば何なりと言え。喜んで調達しよう」
「感謝いたします。その信頼への報いとして、一週間以内にあの雌豚と雄豚が抱えている秘密をすべて吐かせてみせましょう」
「頼む」
「ちょっと、さっきから何の話を……公爵様? 公爵様!」
ラルカンが背を向けると、ブランシェは慌てて彼を呼んだ。しかし、ラルカンが振り返ることは二度となかった。
「さて、では雌豚さん。せっかく与えられた二人きりの時間を、有意義に過ごそうじゃないか」
ジョン・ドゥは笑みを浮かべたまま、牢の扉を開いた。 ほどなくして、地下牢全体に若い女の悲鳴と咽び泣く声が響き渡った。




