布は剣よりも
◆砦◆
ペトラーダの砦なら、オラニアも見たことがある。
辺境の地を守る、父が建てたものだ。
たくさんの土嚢を積み、それを取り囲むように、太い丸太を何本も地面に打ち込む。
土嚢の影で、兵士らが武器を構える。
火炎除けに撒かれる水に、立ち昇る土埃と錆びた鉄の匂い。
オラニアにとっての砦とは、そういう物だった。
だが。
「これが我らの砦だ」
誇らしそうに顔を上げたデアトリーが、指さす先にあったものは、鮮やかな彩のたくさんの天幕だった。
「これが……砦?」
ごく普通の衣服を着た人たちは、天幕と天幕の間を行き交い、言葉を交わし、物の売り買いをしている。戦の最中には見えない、朗らかな表情である。
砦というより、これは……
「バザール……」
「よく知っているな。実際、ここは他国との交易を行っている一大市場だ」
デアトリーは、オラニアの半歩先を歩き、モブシアンのバザールを案内する。
次から次へと勢いのある店が現れてくる。
豊富な肉や魚、根菜を中心とした野菜類。ペトラーダでは品薄のロウソクや紙などの生活必需品。
何より、オラニアの目を惹いたのは、光沢や色が自国とは異なる、様々な布地だった。
思わず手に取り、質感を確かめるオラニアの目が星を湛えているかのようだ。
自分が敵国に拘束されている立場であることを、忘れてしまっているのだろう。
布に触れていたオラニアが、ハッとした顔になる。
「火! 矢で火を投下されたら、この場所は……」
ペトラーダの戦い方は、馬上から無数の矢を放つ。
一度火が点いたなら、この場所はあっと言う間に大炎上するのではないのか。
「それはない」
こともなげに、デアトリーは言った。
同時に足元の石を一つ拾い、手持ちの小刀の刃を当てる。
白い小石である。
野菜の皮むきでもするかの如く、デアトリーは石の表面を削る。
刃で削られた石は、白い粉を散らす。
光に当たると、石の粉はキラキラ光る。
「この粉を、布には織り込んである。たとえ火が点いても、燃え上がることはない」
編集に失敗したようなので、本日、もう1話更新します。