将軍と呼ばれる男
織物の材料となる繭を採取していて、オラニアは敵国に捕まってしまいました。
注)虫が苦手な方は、無理なさらずに。
◆辺境の白い繭◆
軽い羽音をたて、ロウソクの周りを虫が飛んでいる。
オラニアは体を起こす。
上掛けに触れたオラニアはその感触に驚き、掌で再度確かめる。
柔らかい。
何より温もりを感じる。しかもさらりとしている。
繭から取り出した糸ではないが、上質な織物だ。
恐る恐る軍服を着た男を見る。
男の軍服もまた、上掛けの布と同じ類の物に見える。
「この布は、一体……」
男は口の端を少し上げ、オラニアの顔を見つめる。
「面白いな、娘。気になるのが布なのか。……お前、どこから来た? アラクサの布を見たことがなかったか?」
アラクサの織物は、オラニアの生まれ育ったペトラーダにもある。
だがそれは、司祭の衣服や神殿に供えるもので、日常使いのものではない。
オラニアは頭を下げ、男に言う。
「アラクサは、存じております。……私は国境近くの村に住んでいます。繭を集めに森に入りました。私は、ペトラーダとモブシアンの境を、越えてしまったのですね……」
なるほど、と男は思う。
敵襲に供え、国境付近には兵士を配備しているが、たまに村民が迷い込む森である。
この娘の持ち物は、わずかな食料と集めた繭。
ペトラーダ国は繭糸からの織物が名産の一つだ。
この娘も、織女なのであろう。
ゆえに娘の言い分は、嘘ではない。
ただし、ふと気になる。
髪型や身なりは確かに平民。しかし、佇まいは、至って上品である。
まさか、間諜ではあるまいな。
そんな自分の考えに、男は頭を軽く振る。
「名は? お前の名はなんというのだ?」
「オラニア、と申します」
「そうか、オラニア。わたしはデアトリー」
男が名乗ると同時に、部屋に駆け込んでくる足音と声。
「将軍! 至急、砦に戻るよう本隊から連絡が!」
デアトリーは「将軍」なのか。
オラニアはモブシアンの階級など知らなかったが、きっと偉い立場の人なのだろう。
敵国人と分かっても、丁寧に対応してくれる。
身分だけでなく、人格も高いようだ。
「オラニアとやら。本当は明日にでも、ペトラーダへ帰してやりたかったのだが……少々状況が変わった。悪いが、しばらくの間わが国で、過ごしてもらうことになった」
オラニアは唇を噛む。
仕方ない。
繭取りに夢中になり、国境を越えてしまったのは自分の不注意である。
リブロのことは心配だ。
ロイザーとコナーは逃げたようだし、なんとかしてくれるだろう。
「その代わりにと言ってはなんだが、わがモブシアンの秘密を一つ、お見せしよう」
デアトリーはすくっと立つと、そのままロウソクの向こう側の戸を開く。
手招きされてオラニアは、開いた戸の内側を覗く。
「!」
声に出せない衝撃が起こる。
戸の向こう、敷き詰められた緑の葉の上に、真っ白な幼虫が葉を覆い尽くさんばかりに群がっている。
さらには部屋の至る所、格子状に区切られた板が置かれ、格子の一つ一つに、白い繭が生成されているのである。
「これは……」
驚きの表情を隠せないオラニアに、デアトリーは告げる。
「君は、木々に付く繭を集めると言った。集めた繭は、黄色や茶色のものが多くて、白い繭はたまに見つけるくらいだったろう?」
オラニアは頷く。
「だが布に織り上げるなら、断然白い繭糸がいい。そのために、白い繭を作る幼虫を集めて飼うようにしたのだ。これが、モブシアンのやり方だ」
夢見心地でオラニアが聞いた、シャリシャリという音は、幼虫たちが葉を食べる音だった。
これほどの白い繭から取れる糸ならば、光輝くような純白のドレスでも、容易く作れるのではないだろうか。
オラニアは敵国にいることを忘れ、しばしその部屋を見ていた。
上気した顔で、幼虫を見つめるオラニアに、デアトリーは我知らず微笑した。
その夜、オラニアは馬車に揺られ、モブシアンの辺境であるダサクの村から移動した。
行先は、モブシアンの中心都市の一つと聞かされた。
馬車で走ること三日。
デアトリーと彼の副官数人は、馬に乗り先行する。
途中野営となる。
オラニアは捕虜というより、客人のような扱いを受けた。
休憩中、デアトリーはしばしば、オラニアの様子を見に来る。
何か問題はないか。腹は減ってないか。
彼はオラニアに二言三言声をかけ、馬上に戻る。
そんなデアトリーに、オラニアの緊張もほぐれていく。
すぐに、処罰の対象にはならない安心感も得た。
陽光の下で見るデアトリーは、軍人らしい体躯と、彫の深い端正な顔立ちをしている。
将軍と呼ばれる割に、部下は少ない。彼は何の将軍職なのだろう。
オラニアは、なにげなくデアトリーに訊いてみた。
「戦争の勝ち負けは何で決まると思う?」
「兵士の強さ、ですか?」
デアトリーは快活に笑う。
「それもそうなんだが。結局、強さっていうのは、量と質を掛けたもので、量が足りないと勝てないのさ。じゃあ、兵士がたくさんいるだけで勝てるかっていうと、兵士の数に見合った武器が必要で、兵士が闘うためには食べ物が必要で……要は人と物と、それらを準備するための、金が必要なんだ」
金を動かし、物品を過不足なく調達する、それが自分の役割だと、デアトリーは言った。
「白い繭から取った糸で高級な布を作り売る。それも金を集める一つの方法だ」
そう語るデアトリーの横顔は、なぜかオラニアの父に似ていた。
そう言えば、オラニアがまだ幼かった頃、騎士団を率いていた父が言っていた。
『……資金だけでは勝てぬ。そこに義と理念がないと、な』
「義と理念……」
独り言のような、オラニアの呟きを聞いたデアトリーが真顔になる。
オラニアは気付かずに、空を眺めていた。
◆故国にて◆
オラニアが敵国に捕まった日のことである。
ロイザーは肩を落とし、オラニアの住まいへ赴く。
状況を聞いたリブロは、ロイザーを殴りつけた。
少年の拳は、かつてない程の痛みを、ロイザーに与えた。
泣きながら何度もロイザーの胸を叩くリブロを、年老いた侍女は抱きしめた。
「許さない! 姉さんを連れて来るまで、僕はお前を許さない!」
ロイザーも泣きながら、リブロに言う。
「絶対……絶対ニアを、オラニアを助ける! 俺の、命をかけて」
身も心も、ボロボロになったロイザーが自宅へ戻ると、父とコナーが待っていた。
コナーは赤い目でロイザーを迎え、ロイザーを抱きしめた。
「私が悪いの! 私が手を差し出したのに、オラニア姉さま、私の手を取らなかったの! 私のこと、嫌っていたから……」
後ろにいたロイザーは、コナーがオラニアを突き飛ばした瞬間を見ていない。
ぽろぽろと涙を流すコナーの頭を、ロイザーは撫でた。
「お前の、お前のせいじゃないよ、コナー……」
ロイザーの精一杯のセリフだった。
その晩、ロイザーは父の書斎へ呼ばれる。
憔悴しきったロイザーに、父は告げた。
「オラニアのことは諦めろ」
「えっ! 何……」
「多分、オラニアはもう戻れん。もう此の世にいな……」
「嫌だ! 俺は諦めない!」
父はため息をつく。
「お前も知っている通り、コナーはウチと縁続きの娘。商売の規模は、コナーのトコの方がでかい。この先を考えると、コナーの家と共同で事業を組む方が安心だ。お前はコナーと結婚しろ」
「そんな無茶な……コナーは、俺にとって妹みたいなものだ……」
「すぐにとは言わん。前にも言ったが、ペトラーダとモブシアンの戦争は、間もなく終わる。戦争で消耗される物資を、両国に売って稼いでいる所は、商売上がったりになる。跡取としてお前が為すべきことは、何だ? ロイザー」
父の言うことはよく分かる。
だが、両国間の戦争がじきに終わるのなら。
俺は堂々と国境を越え、オラニアを探しに行く。絶対見つけて、連れて帰る!
ロイザーは心に誓った。
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