布は剣よりも2
◆その布こそが◆
領土に戻ったからか、デアトリーは饒舌だ。
そもそも敵国民のオラニアに、そんなことまで語っていいのか。
二人は市場の端まで、ゆっくりと歩いた。
「ペトラーダもモブシアンも、元は同じ民だからな。些末なことで戦になって、互いに血を流し続けている。……愚かなことだ。俺は一日も早く、こんな戦いを止めたい」
市場の端は、小高い丘に続いていた。
デアトリーは丘に立ち、遠くを見ている。
その視線の向かう先は、オラニアと同じなのかもしれない。
「俺は五、六年前に少年兵として志願して、斥侯として動いていたんだが……」
デアトリーは市場を抜けながら、あちこちの店から食べ物を得ていた。
そのいくつかを、オラニアに渡す。
「ある時、ペトラーダが仕掛けた罠にはまり、捕虜として拘束された……」
デアトリーは手袋をはずす。
右手の親指と人差し指が存在しなかった。
「そ、それは……」
「罠にはまった時、なんとか逃げようとして、自分で切った」
「!」
「拘束された時に、俺は諦めた。このまま、切り捨てられるのだろうと。だったら、敵の手にかかるより、自分で終わりにしようって」
デアトリーは自嘲気味に言う。
オラニアの喉が渇く。
「捕まった日の深夜、警備が手薄になった時に、隠し持っていたナイフで、自決しようとしたんだ。そしたら……」
デアトリーは労わるように、左手で自分の右手を包む。
「拠点地にいた師団長が、俺の手を止めた。まだ傷口がふさがっていなかった俺の右手に、その人は自分の首に巻いていた、布地を当ててくれたんだ」
デアトリーは、胸のポケットから何かを取り出す。
それは小さく折り畳まれた、光沢のある布地だった。
オラニアの目が一層大きくなる。
思わずデアトリーの手元の布を覗き込む。
オラニアはその布を知っていた。
それはオラニアが心を込めて織った、父への贈り物だったのだ。
「あ、あああ……」
ぽろぽろと涙を流すオラニアに、デアトリーは布を渡した。
「俺はその布で、生き返ったんだ。人の命のやり取りだけが、戦い方じゃない」
オラニアは涙を流しながらも、コクコクと頷く。
「ひょっとしたら、布は剣よりも、強いかもしれないな」
走ってきた男が、デアトリーに何かを告げた。
デアトリーの表情が引き締まり、すぐに指示を出す。
ペトラーダの小隊が、近くまで来ていた。
誤字報告、助かります。




