5話:秘められた、世の真実は、そば近く、そこに秘めるは、一人の最期(後)3
吉乃姉が不機嫌になるであろうことは昨日の話し合い段階でわかっていた。なにせ吉乃姉は感染の疑いがあった患者を逃してしまったことで、皆からの信用を著しく落としていた。特に嵐山先輩はその責任感の無さにかなり怒っていたと涼太が言っていたからな。
俺は念の為に吉乃姉の横に座り、そして、玲奈は俺達と向かいあう形で座った。
「まずは自己紹介ね。アルバス大学救護班所属の研究員、滝井吉乃よ」
「私は胡蝶玲奈だ」
「……それだけ? どっかに所属とかは……」
「悪いがそこはあまり話したくない」
「……ふぅん、わかったわ。とりあえずまずは何故行方不明になっている彼女を保護したにもかかわらず、隊長さんにだけでなく私にも黙ってたの?」
吉乃姉の表情には怒りの様相が浮かんでおり、キッと俺の方を睨んできた。
吉乃姉に俺は嘘を吐けない。
幼い頃から遊び相手になってくれる優しい吉乃姉だが、怒った時の声と目が幼い頃に恐怖として刻み込まれたせいで、つい内緒にしなくてはならないことも口が勝手に喋ってしまう。
その為、普段から俺の言葉は大抵信じてくれるんだが、もし嘘や秘め事を感じてしまった時は、俺を睨んでくるという訳だ。
今回の任務開始時だって俺を虐めて機密事項を聞き出してから、救護班不在に怒り、無理矢理に近い形でついてきたのだ。実際、今も体が勝手に震えて仕方無い。
とはいえ、だ。ここまでに起きたことをバカ正直に話したところで信じてもらえる気がしない。
「櫻木さんには我々の所在を隠匿するよう協力してもらったのです。他の者が信用出来なかったので」
徐々に鋭くなっていく視線を背中で感じ取っていると、玲奈が助け舟を出すかのように、代わりに吉乃姉の質問に答えてくれた。
「……そうなの?」
少しは納得したようで、吉乃姉の怒りが和らぐのを感じ取り、俺は吉乃姉に向かって勢いよく頷いた。
「ふぅん……まぁ、信用出来なかったって言われたらしょうがないわね。貴女にとって私達はただの他人。世の中には守ってやるから体を差し出せなんて言ってくる下衆も一人や二人じゃ無かったしね」
「吉乃姉は美人だからね。欲情の対象になるのは仕方無いと思うよ」
「あら、ありがと」
実際美人だからこの手の問題は避難生活の序盤はよく起こっていた。その度に避難場所を変えてきたが、今のアルバス大学に来た頃には割と深刻な男性不振に陥っていたくらいだ。
ただ、設備や人材の揃った環境で自給自足の生活を成り立たせ、学内の施設でワクチンを作る取り組みもやっていたから、吉乃姉もようやく腰を落ち着け、少しずつ男性不振も改善できたという訳だ。
「本当にあの頃は大変だったなぁ……」
「悪いが思い出話に花を咲かせている時間は無い」
玲奈は冷徹な目を俺に向けてきた。正直、その目で見るのはやめてほしい。
「そうね、時間も無いことだし話を戻しましょう。それと、あなたが身を隠していた理由に関しても一応は納得しておきましょう。ただ、何故今になって私の前に姿を現したのかしら? もしかしてうちの大学に保護してもらいたいからかしら? それなら私よりも遠征の責任者である大島隊長に言った方がいいんじゃないかしら」
「それは貴女にどうしても訊きたいことがあったからだ」
「訊きたいこと?」
訝しむような視線を吉乃姉に向けられているにもかかわらず、玲奈のポーカーフェイスは崩れなかった。
だが、彼女の言葉には俺だけでなく、吉乃姉も驚かずにはいられなかった。
「三年前の六月二十二日に起きた一部始終を私は知っている」
玲奈と予め決めておいた作戦では、自分の言葉に吉乃姉がどういう反応を示すかを注視しておいてほしいと言われていた。
だから、俺は瞬時にそれが吉乃姉を動揺させる為に吐いた嘘だと思い、すぐにちらりと吉乃姉の表情を見た。
残念ながら、吉乃姉の表情からは、明らかな動揺が見て取れた。
玲奈の不意打ちに近い発言に戸惑っているのか、吉乃姉は目を見開き、額からは冷や汗と思しきものが浮かんでいた。
そして、吉乃姉はこちらの方をチラッと見ると、すぐに玲奈の方へ向き直った。
「……なんのことかしら?」
わからない風を装っていたが、吉乃姉が玲奈に対し警戒心を強めたことは見るからに明らかだった。
「とぼけても無駄だ。我々は三年前の事件が滝井神代と滝井吉乃によるものであると既に掴んでいる。大人しく罪を認めよ」
「待て、玲奈」
俺は吉乃姉を庇うように、そう告げた。
淡々と詰めていく玲奈の言葉に根拠などどこにも無い。だが、吉乃姉の様子を見れば、多くの人間が吉乃姉を犯人だと決めつけるだろう。
それでも俺は、吉乃姉を信じたいと思ってしまった。
「吉乃姉を犯人だと決めつけるのは待ってほしい。それに、おじさんだってこんな世界を滅ぼすような事件を引き起こすような人じゃない!! あの人は自分の家族のことを本当に大切にしてた。そんなあの人が三春が傷付くような真似をするはずが――」
「それは君から見た滝井神代の姿だろう?」
「どういう……ことだ?」
「それは彼女に聞けばいい」
その言葉で俺は吉乃姉の顔を見た。
吉乃姉は、とても思い詰めた表情をしていた。
そして、次の瞬間、吉乃姉は護身用で持たせてあった小型の拳銃を取り出し、自らの頭に当てた。
その動作は、右手によって行われたもので、左隣にいた俺には止めようが無かった。
だが、その一連の動作が終わる直前に、玲奈が冷静な口調で告げた。
「自殺は意味が無いぞ」
玲奈の言葉によって、吉乃姉は動きを止め、真っ青になった表情で彼女の方を見た。
「言っただろう。我々は一部始終を知っている、と。だが、それは憶測に基づいた推理であり、それが必ずしも正しいとは限らない。何故なら我々の推理には貴女方の意思が無いからだ。あの場に誰がいて、なにが起こったのかはわかった。だが、それぞれの意思がどう混ざりあってああなったのかを我々は知らない。だから、もし、貴女が死を選び、全てを闇に葬ろうと考えるのであれば、我々は想像で貴女達の意思を創り出さなくてはならなくなる。貴女はいいのか? この事件の動機が世界を破滅に追い込む為と言いふらしても?」
玲奈の言葉が吉乃姉にどういう判断を取らせるかはわからなかった。だから、万が一に備えて銃を奪おうとしていた俺は、吉乃姉の動きを見逃さないように注視していた。だが、それらは全て、杞憂に終わった。
吉乃姉はゆっくりと銃をテーブルの上に置き、沈んだような表情で、こう告げた。
「全てを話すわ」
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