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5話:秘められた、世の真実は、そば近く、そこに秘めるは、一人の最期(後)2


 嵐山先輩の足音が聞こえなくなると、背後から突然気配が現れた。

「……盗み見なんて性格悪いぞ……」

 右腕で乱雑に目元を拭い、俺は背後に目を向けた。

 そこには灰色ローブを羽織り、フードを取った玲奈が立っていた。

 確かによくよく見てみると、三年前の姿よりも少し大人びて見える。まぁ、元が大人びているせいであんまり違っているようには感じないが。

「昨日の打ち合わせ通りに頼むよ」

「なぁ、玲奈」

 こちらの質問には無視しながら、用件だけ伝えた彼女は、そのまま再び気配を消そうとしていたが、俺は彼女を引き止めた。

「本当に、世界は変えられるんだよな?」

 唐突過ぎたせいか、彼女は首を傾げた。そんな彼女に向かって、俺は更に続けた。

「この世界で手がかりを掴んで、三年前の世界で頑張れば……涼太や他の人達はゾンビの蔓延る世界じゃなくて、三年前みたいな平和な世界で笑って生きていけるのかな?」

「君もだ」

「え?」

 玲奈が呟いたその言葉に、俺は思わず驚いてしまった。

「君にも、その世界を笑って生きてもらわないと困る。何故ならそれが、私(・)の目的なのだから」

 それだけ言うと、彼女の気配はその場から完全に消え、後には呆然と椅子に座る俺だけが取り残されていた。


「…………私?」

 唯の一人称であるだけなのに、そのたった一つの言葉が、俺にはどうしても気になってしまった。

 

 ◆ ◆ ◆


 十三時半になった頃、隊長に休むよう言われた俺は、吉乃姉を玲奈が待っている一階の校長室に案内していた。

 校長室はこの学校の保健室からそう遠く無い別校舎にあるが、外へと出る道は他の人に見られる可能性があった為、敢えて二階を経由する通路を通った。

 道中、戦闘の痕跡がところどころに見られるものの、ゾンビの死骸はどこにも見あたらない。

 おそらく昨日、俺が気絶している内に校庭かどこかでゾンビ達の死骸は燃やしたのだろう。

 ……涼太の体が燃やされていなかったのは、おそらく俺に対する配慮もあったんだと思う。

「……まだ着かないの?」

「もうちょっとだよ」

 俺は吉乃姉にそう答えるが、彼女は明らかにこちらを不審がっているように思えた。

 だが、それも仕方無いと思う。

 俺の感覚では二日後だが、吉乃姉にとってはつい昨日の出来事だ。

 そして、その昨日の俺は、体中ボロボロになりながらもゾンビと死闘を繰り広げ、最後には二年の間、共に闘ってきた親友を自らの手で殺したのだ。

 それにもかかわらず、俺は今、こうして吉乃姉と普通に接している。おかしいと感じて当然だ。

 もちろん俺だって涼太をこの手で殺してしまったことには、罪悪感を感じている。精神的ショックのあまり、向こうの世界で正気を失っていた。

 でも、玲奈は約束してくれた。

 もし、全てが解決した時は、こっちで起こったことは全てが無かったことになり、俺のこの世界での記憶も消してくれると。

 だから、俺が今すべきことは後悔することなんかじゃない。

 この最悪な未来を変える為に、前を向いて戦うことなんだ。


「着いたよ」

 ようやく辿り着いた校長室の前で、こちらの様子を窺っている吉乃姉に向かってそう告げてから、俺は扉をノックした。

 すると、すぐにガチャリと部屋の扉が開けられ、中から先程同様灰色ローブに身を包んだ玲奈が現れ、こちらに顔を向けてきた。

「意外と遅かったな」

「動ける人員が一気に半分も減ったんだ。これくらいは勘弁してくれ」

「まぁいい。中に入れ。ある程度の清掃はしておいたが、多少の居心地の悪さは我慢してくれ」

 感情が一切わからない表情でそう言われ、中に入っていく玲奈に続き、俺も部屋に入った。

 その瞬間、俺はその内観を見て、絶句した。

 約三年間もの間、ほとんど使われてこなかったであろうこの高校において、ほぼ全部の部屋が埃や汚れによって薄暗い雰囲気を作っていた。

 だが、この部屋においては同じ建物の中なのかを疑いたくなる程の綺麗な内装だった。

 部屋に飾られているタペストリーや、床に敷かれた絨毯。膝程度の高さしか無いテーブルを挟む形で置かれた座り心地の良さそうなソファー。更にその奥には高そうなテーブルと一人用の椅子がある。

 そして、特筆すべき点はそのどれもが新品のように綺麗なことだ。

「流石におかしくね? これどうしたん?」

「直しただけだ。時間もあり余っていたのでな」

 さも当然のような口ぶりで言ってくるが、どうせまた某猫型ロボットみたいに変な道具でも使ったんだろう。

 常識で考えるだけ無駄なことだ。


 俺は目の前に広がる現実を受け止め、吉乃姉にソファーに座るよう促すべく吉乃姉の方に顔を向けた。

 だが、吉乃姉は部屋の前の廊下に立ったまま、こちらを呆然と見ているだけで、入ろうとはしていなかった。

「どうしたの?」

 部屋の内装に困惑しているんだろうと思っての質問だった。だが、吉乃姉は、震える指で玲奈を差した。

「その子……見つかったの?」

「あぁ、そっちか。てっきり部屋に驚いたんだとばかり」

「そっちもびっくりだけどさ、私はまず何がどうなっているのかを説明してほしいかな!!」

 部屋の中にズカズカと入り込み、俺の顔に指を向けながら至近距離で詰問してくる彼女に困惑していると、突然横にいた玲奈が吉乃姉に向かって深々と頭を下げた。

「その節は申し訳ないことをした。貴女にはこの身を助けていただいた恩があるにもかかわらず、恩を仇で返すような真似をしてしまった。だが、こちらにものっぴきならない事情があったことを理解願いたい」

 その真摯な対応が良かったのか、吉乃姉は不機嫌そうに胸の下で腕を組んでいたが、しょうがないといった様子で口を開いた。

「……事情って?」

「その説明をする為にも、まずは椅子に座っていただきたい」

 玲奈の言葉で大きく溜め息を吐いた吉乃姉は、座り心地の良さそうなソファーに腕を組んだまま座った。


 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。


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