5話:秘められた、世の真実は、そば近く、そこに秘めるは、一人の最期(後)4
四年前の六月二十二日、あの日から全てが変わったわ。
神代さんの奥さんであり、三春ちゃんの母親でもある静香さんが亡くなったあの日、神代さんは手に職がつかなくなる程の衝撃を受けたの。
そもそも静香さんの死因は病死ではあったものの、現代医術では解明することすら出来なかった病気だった。
理由も不明、治療法も不明、どんな病気であるかも不明……唯一わかっていることは、それが他者に感染するようなものでは無いことだけだった。
誠くんもよく三春ちゃんとお見舞いに来てたから知ってるでしょう?
全身に謎のできものが出来て、包帯でそれを隠してはいたものの、それでも絶対に私達の前では笑顔を絶やそうとはしなかった。
そんな静香さんを、神代さんは絶対に救おうと必死になっていた。
自分の技術と知識をフルに使い、五年にも渡って研究に研究を重ねてきた。
それでも、静香さんを助けることは出来なかった。
静香さんの死によって、神代さんは無気力になって、仕事は手につかなくなり、一時期は酒に溺れたこともあった。
仕事も辞めたのだと父から聞いた時は私もびっくりしたわ。
それで、静香さんの死から一ヶ月後、私は神代さんの様子を父に見てくるよう頼まれて、直接自宅まで行ってきたの。
着くまでの間、なんて声をかければいいか迷ったわ。でも、その考えを吹き飛ばしてしまうくらい、神代さんは元気になっていた。
神代さんは私に父が社長を務める薬品会社で研究者として働かせてほしいと言ってきたわ。
父も、神代さんの実力は高く評価していて、それを断らなかった。
そして、勉強の為にと私を助手としてつける条件を出し、神代さんもそれを受け入れたことで、神代さんは研究所で働くことになったの。
胡蝶さんは知らないと思うけど、私の母は神代さんの妹に当たる人物でね。父は神代さんと高校時代からの親友だったって話だったわ。
だから、神代さんは新人の立場でありながら、主任という立場で研究者達をまとめていた。私は多くの反発があるんじゃないかって懸念を抱いていたんだけど、神代さんは薬学の界隈では知る人ぞ知るって存在だったこともあって、意外なことに皆からすぐに受け入れられていたわ。
でも、研究所はその日から変わったわ。
まず、おかしくなったのは父だった。
うちの研究所は元々一階程度しか無かったというのに、いきなり十階建てのビルを買い上げて、そこを研究所にするとか言い出したわ。
それだけじゃないの。
最新設備やかなり高額な道具を多数用意して、神代さんの研究を全面的にバックアップするとか言ってきたの。
それで不審に思い、そんなに大きな会社じゃないのにそんなことして大丈夫なのかと私は父に訊いたの。
そしたら、とある出資者が出来て、資金は全部その人が出していると答えられたわ。
とりあえずその場は、そういうものなのかなぁと思ったわ。
でも、異変はこれで終わりじゃなかった。
次におかしくなったのは、うちで働いている研究員達だった。彼らは自分達の仕事があったにもかかわらず、神代さんの研究を手伝い始めたの。
父からの命令で仕方無くじゃない。皆自己的に手伝っていたわ。
もちろん、私もその研究の内容を見た瞬間、意欲的に取り組んだわ。
神代さんが取り組んでいた研究テーマは『不老不死の秘薬』。その前人未到の薬品を完成させることだった。
◆ ◆ ◆
「不老不死の秘薬? そんなものを作るって……本当に可能なのか?」
不老不死の薬といえば、フィクションの中でしか聞いたことが無いような代物だ。
どんなに年月が経とうと、その身は老いることが無い。
どんなに死の淵に立たされようと、その身が死ぬことは無い。
そんなおとぎ話のような代物を作るのなんて不可能だろうとすぐに思った。
ましてや、会社を経営するものであれば、そんなものに時間と金を回すなんて有り得ないだろう。
その出資者も相当馬鹿げているな。
「そう思うのも無理はないわ。でも、しょうがなかったのよ……」
吉乃姉は沈んだ表情を見せると、沈んだ声で話を再開した。
◆ ◆ ◆
神代さんの言ってることは確かに夢物語だった。
でも、不思議と内容を聞いていくうちに、この人なら本当に完成させられるんじゃないかって思えたの。
静香さんが亡くなってから生きる気力を失ってしまったあの神代さんが活き活きと研究に取り組んでいる姿を見て、私自身もそれに携わりたいと思えた。
……だけど、神代さんには私達にも知らせていない目的があったの。
まず初めにこれだけは言わせて。
この研究は何かがおかしかった。
そもそも薬の基盤自体はできていたらしいの。ただ、最後の難関に引っかかっていて、その問題を解決させる為に、最新鋭の設備と環境、それから有能な人材が必要だったらしいわ。
他の人はその話を聞いて、やっぱり神代さんは凄いとすぐに納得したの。でも、私は神代さんが静香さんを救う為の研究に五年の月日を費やしていたのを知っていて、その手伝いもちょくちょくやっていたの。
だから、私だけがその異変に気づけたの。
この研究は誰かの引き継ぎなんじゃないかって。
確証は無かったし、もしかしたらやってきた研究からヒントを得たのかもしれない。
それでも、その違和感だけは、どうしても拭いきれなかったの。
薬の研究が本格化すると、まるで狂っているかのように、皆は研究に取り組んでいた。
当時の私はまだまだ新人の域をでなくて、あまり重要な部分を任されることは無かった。
だから、今まで通りに出勤し、退勤時間になったら帰ってたの。でも、チームの中でも重要部分に携わっていた人達は違ったわ。
まるで何かに取り憑かれたかのように研究に没頭していて、神代さんなんか家に三春ちゃん一人だって言うのに、何日も平気で泊まり込みをしてたわ。
でも、内容が内容だけに、全力で取り組んでいてもおかしくは無いと、いつの間にか思い込むようになっていた。
研究員の中には、薬の研究に熱中しすぎて倒れた人も出たわ。でも、皆が精一杯取り組んだお陰で、薬は一年後の六月の初め頃には完成が見えた。
そして、父を始めとした多くの人々に見せる為の実験を真近に控えた六月の二十二日、事件は起こったの。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。




