3 兄、教会を訪ねる
教会は大通りから外れた場所にあった。
建物自体も、二階建てくらいの高さはあるが床面積は通常の一軒家よりもやや大きい程度の教会本体と、通常の一軒家程度の棟が2つつながっているという程度の規模だ。
建物自体はその程度だが、周りは木々に囲まれており敷地はそれなりにありそうだった。どこか隠されているような印象を受ける。
前世の知識における教会は町中にあるイメージだったので、むしろ神社のような雰囲気だと思った。
男爵・護衛の騎士と共に教会に入る。
中に居た神父は突然の代官と領主の息子の訪問にも動じず、俺達がまだ昼食をとっていない事を知ると昼食をすすめてきた。
折角なのでと同席させてもらうことにする。
ふと、ここで男爵がどうしたらいいか分からないといった表情をしていることに気づいた。ああ、俺が教会で食事をすることについて悶々としているのか。
この王国において、教会というのは独立した位置にいる。どんな小さな村でもその規模に見合った教会がおかれ、祈りの場として保持される事が領主に義務づけられているのだ。運営資金は所在地の規模によって金額が定められており、基本は前年に訪れた者からの寄付でまかなうが、不足分は領主に請求ができるというものである。
それだけ聞けばなんとも楽に思えるが、実際の教会の神父の暮らしは清貧を極めているらしい。
例えば衣服は決まった数が支給され、それを修繕しながら定められた期間使うそうだ。
食事についても白パンは週に1日しか出されないそうで、残りの六日は麦粥と黒パンと主食無しが交互に続くといった様子だ。
それは責任者である神父も他の下働きの者も客人も同様で、今回のように代官や領主の息子が来ようが振る舞われる料理は変わらない。
そんなわけで男爵は、俺に明らかに貧しい食事をさせていいのかと悩んでいるらしい。
そもそも教会は不可侵領域なので代官程度が文句をつけることなどできないのだが、それでも何も言わずに見過ごしてしまって後から父上に知れたらと怯えているのだろう。
……男爵には早いうちに、俺が父上に告げ口などしないと分かってもらわなければいかんな。お互いの為に。
そんな事を考えているうちに皿が運ばれてきた。
麦粥と野菜、以上。
神父や教会の人の祈る仕草を見よう見まねで行い、麦粥を一口。うん、薄めで素朴な味わいだが悪くない。それに、麦粥はビタミン類が豊富で結構栄養価が高かったはずだ。
俺としては不満はないのだが、確かに領主の息子に馳走する料理としては不適切かもしれない。
「さて、この街の孤児達の事について聞きたいとのお話でしたが、何からお話しましょうか?」
神父は俺に対しても無用に萎縮することなく話しかける。どこか超然として雰囲気をまとっていた。
「ええ、まず質問なのですが、この教会では孤児の保護をしていますか?」
「ふむ……していないわけではない、というのが適切でしょうか」
男爵がおろおろする。確かにちょっともったいぶった感のある返答ではあるが、それくらいで機嫌を悪くはしないから落ち着いて欲しい。まあ、丸豚だった頃の俺なら間違いなくブチ切れていたとは思うが……。
「と、いいますと?」
「当教会ではまず、乳児の保護を行っています。と言っても無制限に受け入れる訳ではありません。親が亡くなった場合等はできうる限り親類縁者を当たって引き取りをお願いします。しかし、流石に身元不明のものが客死して子供が遺されるなどの場合はこちらで保護、ということになりますそこから各教会と連携し、養子を欲している家庭があれば預けます」
ふむふむと俺は頷く。この時点ではきっちりと保護をしていると思うのだが、問題は――、
「しかしながら、常に孤児と養子を求める家庭が釣り合うわけではありません」
そこですよね。
「おおよそ6歳になる春までは教育を施しながらここに置いて引取先や雇い先、あるいは大きな街の孤児院に空きがないかを探しますが、見つからなかった場合は、段階を踏まえて退去させます」
退去、ときたか。
「具体的には、まずもうここでは養えない事を宣言し、教会の建物の中に立ち入らせません。しかし初めの週は食事だけは与えます。翌週は夕食を出すのを止めます。その翌週は教会の敷地への立ち入りも禁じ、食事は朝だけにします。最後の週は初めの3日だけ朝食を与え、それ以降は何もしません。これで殆どの者がここから去ります」
神父は淡々と語った。まるで機械か何かの仕組みの説明を聞いているようだった。
「なるほど、先程の言葉の意味がよく分かりました」
俺はゆっくりと頷いた。
「ほほぅ、貴方は我々を責めないのですね。この教会から退去していった孤児の中には、生きるために罪を犯す者もいるというのに」
神父はここで、初めて感情らしきものを見せた。
「貴方たちは、与えられた権限の中でできる事に尽力しているのだろう? それに対して、全て救えていないからと誹ることはできない。孤児の犯罪については、遭った被害者の心中を思えば胸が痛む。法に基づいて相応の罰が下されてしかるべきだろう。だが、罪を犯す可能性があるから全ての孤児を先んじて殺せなどという事は、私には言えない。それが正しいのかはまだ分からないけれど……」
「……まいりましたな。肯定され、共感される事が最も堪える」
神父はほろ苦く笑った。この人はきっと、誰が許しても自分で自分を許さないのだろうと、直感する。
「私はアルダートン公爵家の男として、この街に《最初の施し》をしなければならない。その内容として、孤児達を――救うというのはおこがましいが、少なくとも今よりはよくなるような手立てを打ちたいと考えている。ひいては、それがこの街全体の為になるとも。だから、協力をお願いしたい」
「この教会に出来る事でしたら、なんなりとお申し付けください。孤児達の犯罪は聞く限りでは食べ物を盗む程度に収まっているとのこと。これ以上重ねる前にどうにかしたい」
俺が頭を下げると、神父もまた初めて俺に対して頭を下げた。
「ところで、今現在この教会では何人の子供を保護しているのですか?」
「現在は乳飲み子が2人に、2~4歳程度の幼児が3人おります。あとは来週、近隣の村から1人連れられてくる予定です」
「この教会で保護できる人数は?」
「10人が限度でしょう。ただ、6歳未満程度の幼児ならばどうにか信徒を頼って育てはします。逆に、それより大きくなれば空きが合っても退去させますが」
この春にも3人、先程説明した手順で退去させた子がいると神父は語った。
「余裕があっても……。そうか、別な子を恨ませない為か」
俺がそう呟くと、神父は驚いた顔をした。
「慧眼、恐れ入ります。まさにその通り。もし余裕があればいつまでも保護する体制にした場合、退去の切っ掛けは新しい孤児の来訪になります。そうなれば、追い出される子は新しくやって来た子を恨むでしょう。自分の場所を奪った存在として」
無意識だろうか、神父は追い出される子という言い方をした。
「そうなれば、いつまでも離れられなくなり、最悪の場合子供がより幼い子を害するような悲劇も起きるでしょう。街の孤児達にとっての敵は我々大人であり、教会は自分達を追い出した者であり、新たに加わるのは同じく捨てられた仲間でなければならない」
あえて泥を被るというわけだ。
「もちろん、それで孤児達が全て助け合うような甘い話はありません。教会を通じていない孤児も大勢いますからね。孤児の集団同士での諍いが在るとも聞いています。ですが、子供がより幼い子供に消えない恨みを抱き続けるのだけは避けたいというのが我々教会の方針です」
神父はまた、感情を隠した表情になってそう言った。
「そちらの事情は承知しました。それでこれからの私の方針なのですが――」
俺は教会の方で把握している孤児の人数の確認と、育児関係の協力者についての確認を行い、資金面についてはすっかり蚊帳の外になっていた男爵と相談をした。
「よし、まずは建物だな」
男爵が昼食はあれだけで宜しいのですかと聞いてきたが、問題無いと答えてこの街の商業ギルドへと向かわせた。