なずな -11
屋敷の仕事は案外忙しい。
掃除するにも屋敷は広いし、オグナ一人に女性が三十人ほど、そして子供達が十数人と、洗濯や炊事も五十人分ほどの量があるのだ。
今日もまた炊事をするべく、クシナダは勝手場に行く。
「あ、一番乗りだ」
勝手場にはまだ誰もおらず、クシナダは一人で作業を始めた。
しばらくすると、外が騒がしいことに気付いた。
「……?」
何事かと思い、クシナダも外へーー
「クシナダっ!」
が、アシナに強引に勝手場に戻された。
「な、何かあったんですか?外がーー」
突然、アシナに水瓶の中へ入れられる。中に入っているのは当然水だ。
「冷たっ……アシナさん!突然何をーー」
アシナが問答無用でクシナダの頭をぐいぐいと押さえ込む。
「ちょっ……アシナさ……きゃっ!」
水瓶の中で足を滑らせ、座り込む形になるクシナダ。
アシナがすぐさまふたをする。
「アシナさん!何でこんなことするんですか!?」
「静かにしな!化け物だ!頭が八つのでかい……蛇?竜?とにかく、あんたはここに隠れて!」
「え?え?」
意味がわからない。ただ、アシナの真剣さは伝わっていた。
「でも……水の中で寒ーー」
突然、轟音が響いた。
「……っ!?…………な、何……?」
音に混じって悲鳴も聞こえてくる。
「アシナさん……アシナさん!大丈夫ですか!?アシーー」
急に水が暴れだした。
外で何が起きているのかわからないが、水瓶が倒れ、転げ回っているようだ。
体勢が保てず、水のせいで息をするのもままならない。
水瓶が一層激しく動き、瓶に頭をぶつけ、クシナダは気を失ってしまったーー
「う……ん…………」
クシナダが目を覚ましたとき、周囲は夕日に照らされていた。
「…………えっと……」
状況を把握する。
近くには水瓶のふた。自身の身体は上半分だけ水瓶から出ている。
おそらく何かの衝撃で開いたのだろう。
おかげで溺死せずにすんだ。
周囲を見渡す。
どうやら屋敷近くの林の中らしい。
ずいぶん転がったなぁと思いながら、クシナダは屋敷へ向かう。とりあえずびしょびしょなので着替えたい。
「…………え……?」
そんなクシナダが見たものは、屋敷があったはずの場所にある残骸の山だった。
「何……これ…………?」
ふと、足元に血のついた首飾りを見つけ、拾い上げる。
「これは……アシナさんの……」
アシナが言っていたことを思い出す。
化け物だーーあんたはここに隠れてーー
その言葉。
この状況。
クシナダの頭の中に最悪の結末が導き出される。
「誰か……誰かいませんか!?」
その考えを否定するかのように、クシナダは叫んだ。
「おまえは……」
返事はすぐにあった。
「あ……オグナ様……」
オグナはクシナダに駆け寄り、
「よかった……おまえだけでも生きていてくれて、本当によかった……」
「わ……あ、あの…………」
強く抱きしめた。
「あの……おまえだけでもって……他のみなさんは…………」
「…………」
オグナは黙って首を振る。
「……その首飾りは……」
「あ、これはーー」
「アシナのか」
「……………………はい…………」
オグナからその名を聞いたとたん、アシナがもういないことを実感し、クシナダの目から涙が溢れた。
「……クシナダ、ついてきてくれ」
「……?」
オグナが歩き出す。
クシナダは泣きながらその後を追った。
「ここは……?」
連れてこられたのは、小高い丘。
「ここは、オレの昔の仲間達が眠っている場所だ」
オグナはどこからか太めの木の枝を持ってきて、土を盛り、その枝を立てた。
「クシナダ、首飾りを」
オグナに促され、クシナダがその枝に首飾りをかける。
「みんなの墓だ。骨のかけらすら埋めてやれなかったが」
クシナダの目にまた涙が浮かんでくる。
「……オレのせいだ。自分の力を過信し、アマテラスもツクヨミも、屋敷のみんなも守ってやれなかった……」
オグナは丘に刺さっていた剣、神器『草薙』を抜いた。
「オレにはやることができた。いつまでも争ってる馬鹿なやつらの相手をするのは終わりだ。クシナダ、おまえは好きなようにしろ。自由に生きていけ」
それを聞き、クシナダは涙を拭く。
「ひどいですね。戻る場所なんてないって知っているくせに……。でも、戻る場所があったとしても、わたしはオグナ様についていきます。
……わたしだって、アシナさんの……みんなの仇をとりたい……!戦うことはできませんが、お食事の準備とかお洗濯とか、何かお手伝いさせてください!」
予想外の答えに、オグナはクシナダを見る。
「………………まずは住む場所と食いもんを何とかしなきゃならねぇ。日が落ちる前に行くぞ」
「はいっ!」
オグナの背を追うクシナダ。
その目は先程までとは違い、強い意志が宿っていた。
数年後ーー
オグナはオロチと再戦。
クシナダの作った酒でオロチを酔わせ、短い間ではあるが人間としての意識を取り戻したアマテラス、ツクヨミの力を借り、呑み込まれた五つの勾玉の力を使ってオロチを封印することに成功した。
その後、オグナとクシナダは五人の子を授かった。
二人は、子供達によくこんな話を聞かせたという。
この地は、オロチと呼ばれる八つの頭をもつ大蛇が眠っているんだよ。
戦ったのは、お前達の父。
オロチには仲間が二人取り込まれていてね。その二人を助けるため、とどめを刺さずに封印したんだ。
でも、助ける方法がまだ見つかっていない。
五行はもともとオロチと戦うための力だから、取り込まれた者を助ける術がないんだ。
だから今、どんどんと新たな術を編み出している。戦うためのものではなく、助けるための術を。
でも、その二人を助ける術はまだまだ編み出せそうにない。
父、母の代でも、お前達の代でも難しいかもしれない。
だから、お前達に頼みたい。
五行の修行に励み、この話をお前達の子らにも伝えていってほしい。
何十年後、何百年後になるかわからないが、いつの日かアマテラスとツクヨミを助けるためにーー
残念ながら、この話は長い年月を経て少しずつ形を変え、忘れ去られていくこととなる。
オロチが封印された地は、オロチの頭の数から「八蛇」と呼ばれるようになり、いつしか「柳」と形を変え、そして今、巧達の時代へと物語は続いていくーー




