なずな -4
屋敷に着いたクシナダを待っていたのは、おそらくこの屋敷内でオグナの次に偉いであろう女性からの説教だった。
「アシナさん、あなたはちゃんと教えなかったのですか!?」
「いえっ、ちゃんと言ったんですが……」
一緒にアシナも説教を受けている。
「第一、新入りとは夜も行動を共にすることになっているはず。いったい何をしていたの!?」
「あの……オグナ様の、夜伽のお相手を……」
アシナが赤い顔を伏せながら答える。
「あの人は……まったく……!」
女性はあきれた様子だった。アシナにではない。オグナに対してだ。
「で、クシナダさん」
「は、はいっ」
女性がクシナダに向き直る。
「村に戻って……いかがでしたか?」
「…………」
村人達のあの目が、両親の言葉が、クシナダの脳裏に浮かぶ。
「……昔話をしましょう。まだこの大和がもっと小さかった頃の話です――」
この近辺の村々は昔からお互い仲が悪く、争いが絶えなかった。
そんななか、こちらからは攻めることなく、ただ防衛に徹していた村があった。
ある日、先日までの防衛で疲弊していたその村は、別の村の襲撃を受けた。
死を覚悟した村人達は、大和という戦屋の噂を聞き、藁をも掴む思いで助けを乞う。
大和からきた助っ人は、若い男たった一人。
しかし、その男が戦況をひっくり返し、村を勝利へと導いた。
勝利したものの、最初からぼろぼろの村には、大和へ渡す報酬がない。
村人達は相談しあい、一人の若い女を報酬として大和に受け渡した。
勝手に決められ大和へ行くこととなった女は納得が行かず、数日後、屋敷を抜け出す。
村に戻った女が見たのは、今まで見たことのない光景だった。
あんなに疲弊していたはずが、相手の村の全てを奪い、潤っていた。
敗北した村の男達は食事もろくに与えられずに強制労働させられ、女達は男の欲望のはけ口として一日中部屋に閉じ込められ、そして、勝利した村の人々はその状況を嬉々として受け入れていた。
女は村人達に話しかける。
何でこんなひどいことをしているの?
我々は勝ったんだ。
だから当然のことなんだ。
生かしてやってるだけありがたいと思ってもらいたいね。
村人達は平然と答える。むしろ、そんな質問をする女を怪しい目で見てきた。
女は恐ろしくなり、自分の家へと駆け込んだ。
家の中にいたのは、父と母。女に安堵の表情が浮かぶ。
何で帰ってきたんだ!
せっかく口べらしのためにおまえを行かせたというのに!
しかし、父母から出た言葉は、冷たいものだった。
戻ってきたって、おまえに食わせるものはないよ!
そうだ。おまえも負けた村のやつらと一緒に働きなさい。村に貢献するんだ。
父が嫌がる女を引っ張り、とある小屋へと押し込む。
さほど時間も経たないうちに、見知らぬ男が小屋へ入ってきた。
何日経っただろうか。
すでに数十人もの男が訪れていた。何回も来た男もいた気がするが、女にそんなことを気にする余裕はなかった。
知らない人もいれば、知っている人もいた。近所の家のおじさんも来たし、友人も来た。しかし、誰も女を助けようとはしなかった。
そんな状況で、女が自分の心を殺すまでさほど時間はかからなかった。
今日もまた小屋の戸が開かれる。
うつろな目をした女はいつも通り、入ってきた男に裸で抱きつく。
服の代わりにこれを巻け。行くぞ。
耳元でそう言われ、女は我にかえる。
大和のあの男だった。
女は渡された布を身体に巻き、久しぶりに外に出る。
そこには、武器を持ち、小屋を取り囲む村人達の姿があった。
村が赤く染まる。
立っているのは、大和の男と布を羽織った女の二人だけ。
来るのが遅くなってすまん。
男はそうつぶやき、歩き出す。
女もあとを追うように歩き出した。
「それって、オグナ様が逃げた女性を追っていって村を滅ぼしたっていう……」
今まで静かに聞いていたアシナが口をはさむ。
「ええ。オグナ様が、おかしくなってしまった村に捕らわれた女を助けたというのが真実です。
しかし、村を潰したという話だけがみなさんに伝わってしまっている……
オグナ様が気になさっていないようなので、私もわざわざ真実を話しに走り回ることはしてませんが」
女性がひとつ咳払いをする。
「話を戻しましょう。ここに連れてこられた女達全員というわけではありませんが、ほとんどが村に戻りたくても戻れない者達です。理由は人それぞれですが。クシナダさん、あなただけではないのです」
「……」
「あの……クシナダはまだ来たばかりですから……そんなにきつく言わなくても……」
「アシナさんは黙っていなさい。オグナ様が迎えに行ったのですよ。来たばかりでも、オグナ様はクシナダさんをすでに仲間だと思われています。大和の一員として、しっかりしてもらわねば」
「……」
クシナダの中で、女性の言葉がぐるぐると回っていた。
オグナ様はクシナダさんをすでに仲間だと思われていますーー
仲間だったはずの村人から冷たくあしらわれ、両親から愛されていなかった自分を……仲間と……?
「クシナダ……!?ほら、言い過ぎですよ!」
いつの間にか、クシナダの頬を涙が伝っていた。
「あ、違いますアシナさん!これは……」
説明しようにも涙が止まらず、言葉がうまく出てこない。
「……クシナダさん、明日から覚えて頂くことがたくさんあります。ゆっくり休みなさい」
「よろしく……お願いします……!」
部屋を出ていく女性に、クシナダは泣きながらも頭を下げた。
「あのっ!」
「何ですかアシナさん?」
「さっきの話の女って、もしかして……」
「……あなたも早く寝なさい。寝坊は許しませんよ」




