なずな -3
その夜――
クシナダは、暗い道を灯りもなしに走っていた。
逃亡。
連れてこられるとき、周囲を注意して見てたから、村までの道のりは何となくわかる。
「あとは、見つからなければ……!!」
どれくらい走っただろうか。遠くに炎の灯りが見えてきた。
もうちょっとで帰れる……!
クシナダの身体は疲れきっていたが、顔には自然と笑みが浮かんだ。
「何で……帰ってきたんだ……!?」
「早く戻れ!じゃないと、村が危ないだろ!」
村に着いたクシナダを待っていたのは、村人達の予想もしていなかった言葉だった。
もともとそんなに大きな村ではない。目の前の人達も見知った顔だ。
しかし、こんな冷たい目で見られたのは初めてだった。
「……っ!」
家に向かって走り出すクシナダ。
飛んでくる罵声。感じる冷たい視線。
でも、家族ならきっと――
「お父っ!お母っ!」
見慣れた家へ飛び込む。
「クシナダ……っ!?」
「帰ってきたのかい……!?」
そこにいたのは、一組の初老の夫婦。クシナダの父と母だ。
「……ただいま……っ!」
クシナダが泣きながら二人に抱きつく。
「おかえり……よく帰ってきたね」
よかった……家族だけはあたたかく迎え入れ――
「これで明日の引き渡しは何とかなったな」
「……引き渡し……?」
意味のわからない父母の言葉に、クシナダが顔を上げる。
「そうだよ、クシナダ。明日お客が来るから、おまえはその人について行きなさい」
「え……なんで……?」
「お仕事だよ。大丈夫、姉さん達もいるから」
「姉さん……」
クシナダには七人の姉がいた。
しかし、一人、また一人と姉達はいつの間にか家を出て行き、気付いたときにはクシナダしか残っていなかった。みんな仕事のため、出稼ぎに行ったと聞かされてはいたが……
「……いやだ……行きたくないよ……」
やっと逃げ出してきたというのに……
今の心境では、行く気にはなれなかった。
「聞き分けの悪いことを言わずに」
「いやだ!ちゃんと働くから……だからもう少し一緒にいさせて……」
「明日迎えに来るんだよ。おまえの都合で迷惑をかけられないだろう?」
「でも……せっかくまた会えたのに……」
拒み続けるクシナダ。
その行動は父母をイライラさせ、そして……
「ごちゃごちゃうるさい!おまえは黙って売られていけばいいんだよ!」
父の本音が、出た。
「え……?」
「お父……っ!」
「ちっ、口がすべっちまった……まぁいい。どうせ明日でこいつともおさらばだ」
父が真実を話し出した。
姉達も全員売られていったこと。
姉達が今どうなっているかわからないし、興味がないこと。
全員本当の子供ではなく、身寄りのない子供達を拾ってきては、売るために育てていたこと。
そういう人身売買で得た金品などで生活していたが、そろそろ心もとなくなってきており、クシナダを売ろうとしたときに大和に連れていかれて困っていたこと。
「ここまで育ててやったんじゃ!親孝行だと思って黙って売られていけ!」
「…………」
クシナダは何も話さず、ただ、いつの間にか頬は涙で濡れていた。
父がおとなしくなったクシナダの肩に手をおく。
「さぁ、今日はもう寝て、明日に備えなさい」
「あの……あのねっ……」
クシナダは必死に笑顔を作りながら、
「わたしは……お父もお母も……大好きだよ……?」
やっとのことで、言葉を紡ぎだした。
それを聞いて、柔らかな表情を浮かべる父母。
「そうか……でもね」
しかし、優しげな表情は一瞬で消え……
「わしらは、おまえにも姉達にも、愛情などいっさい――」
轟音が響いた。
突然のことに、みんなとりあえず身をふせる。
「ごほっ、ごほっ……何だっ!?」
土煙がおさまり、ふと天井を見ると、星が見えた。
「家が……わしらの家が……半分なくなって………ひっ!!」
次に父母が目にしたのは、クシナダの背後。
一人の男が立っていた。
「おまえは……大和……」
「……っ!?」
いつの間にかオグナが来ていた。クシナダもその名に身を強ばらせる。
「……この子を返してもらうぞ」
「ふ、ふざけるな!もともとわしらのものじゃ!それを貴様が勝手に連れていったんだろう!クシナダはわしらのものじゃ!」
「隣村との戦にオレを呼んだのはおまえらだろう?報酬をもらうのは当然だ」
「報酬なら、村にある物やら食料やらすべて渡しただろう!」
「足りねぇからこの子ももらった」
「この村からどんだけ奪えば気がすむんじゃ!」
「戦に勝って、隣村からすべてを奪ったんだろ?今後の生活には困らねぇはずだが?」
「ぐっ……とにかく、クシナダは渡さん!」
「なら、そっちをもらっていこうか」
オグナが指差す先には、床下に隠されていた金品の山があった。家が壊れたことで出てきたのだ。
「なっ、ならんっ!あれは渡さんぞっ!クシナダも渡さんっ!このガキには金になってもら――」
言葉はそこで途切れ、クシナダの父は宙を舞った。そのまま瓦礫の中へと突っ込む。
「ぐああっ!いっ、いでえぇぇぇっ!」
前歯が何本か折れている。オグナが顔面を蹴り飛ばしたのだ。
「ごちゃごちゃとうるせぇな。おとなしく引き下がってやろうと思ったが、もうやめだ」
オグナが剣を抜く。
「この娘はすでに大和の一員だ。こいつへの暴言は、オレへの暴言も同じ。この村の者、全員――」
「ごめんなさいっ!」
オグナの言葉を遮ったのは、クシナダ。
「どうしても取りに戻りたい忘れ物があって、勝手に屋敷を出てしまいました!
すぐに戻るつもりだったのですが……本当にすみませんでした!」
深々と頭を下げるクシナダ。
「…………戻るぞ」
オグナは静かに剣をおさめた。
「ま、待てクシナダ!明日おまえを迎えに来ると――」
「今この娘に生かされてもらっていること、理解してねぇのか?」
「……っ!」
オグナに睨まれた父母はそれ以上何も言わず、クシナダは屋敷へと戻った。




