なずな -1
遠い昔――
雷が鳴り響き、雨が降り続く夜――
木々を強引に押し倒しながら、黒い何かが近づいてくる。
「おぬしらは逃げよっ!」
一人の老人が足を止め、後ろを振り返る。
「スサノオ様っ!」
つられるように足を止める二人の少女。
「大和へ向かえっ!そこにスサノオを継ぐ者がおるっ!」
「スサノオさまぁ!スサノオさまぁ!」
二人の少女のうち、幼い方が老人に駆け寄る。
「ツクヨミ……幼子のお主に後のことを押し付ける、この爺を許しておくれ」
老人が女の子の頭を優しくなでる。
女の子の頬を濡らすのは、雨か。それとも涙か。
「アマテラスっ!」
老人がもう一人の少女を呼ぶ。
「……っ!」
少女は何を言われるのかわかっていたかのように、幼い女の子の手を握って走り出す。
それに抵抗しながらも、引きずられていく女の子。
「最荷可っ!泣砂っ!……生きなさい――!」
老人が叫ぶ。
その声が聞こえたのか、二人は後ろを振り返ることなく、夜道を走っていった。
「………」
静かに佇む老人。
そこに現れたのは、一匹の巨大な蛇だった。
「しつこい奴じゃのぅ。そんなにわしの力が欲しいか?」
蛇は老人に狙いをさだめる。
「馬鹿者め、そう簡単に渡すわけがなかろう。すでに次の者へと力は渡してある」
笑う老人。
「じゃが、あの二人が逃げるだけの時間は稼がせてもらう」
発現させた力は、五行。
「しばし戯れようぞ――のぅ、オロチよっ!!」
十年の時が流れ――
「ここで聞いてみるか」
「そうしましょう」
二人の女性が、とある大きな屋敷を訪ねていた。
「いらっしゃいませ」
屋敷内からすぐに女の人が現れ、応対する。
「あの……この辺りに大和という――」
そのとき、
「おう、帰ったぞ~!」
大きな袋を持った一人の男が現れた。台詞からして、この屋敷の者だろう。
「……あ?客か?」
男が二人をじーっと見る。
一人は齢十五くらい。背も低く、幼さが残っている。
対してもう一人は背が高く、女性らしい体つきだ。異国の者か。髪は金髪で、褐色の肌をしている。
二人に共通しているのは、きらびやかな着物。
麻の布を一枚羽織っただけのような服装が一般的なこの時代からすれば、かなり目立つ身なりだ。
豪華でありながらも動きやすい作りになっており、そこからすっとのびる足は男達の目を惹きつけることだろう。
「……帝の関係者か?」
男が問う。
このような格好ができるのは、国の最高地位である帝やその関係者くらいだ。
「はい、そうです」
背の高い方の女性が、もう一人とときどき顔を見合わせながら答える。
「……こやつか……?」
「……ええ、おそらく……」
「じゃが……」
男の後方。
そこには、縄で縛られた少女がいた。
「今回の戦利品だ。連れてけ」
男が二人を応対してくれていた女性に言うと、女性は少女を屋敷の中へ連れていった。
「……どう考えても……鬼畜としか……」
「……我々の直感を信じましょう……」
「こそこそしゃべってねぇで、とりあえず上がれよ」
そう言いながら男が歩き出す。二人は男を追うように屋敷へ上がった。
途中、多くの女性や子供に挨拶されながら、とある部屋に通された。
男と二人が向かい合って座る。
「まずは自己紹介を」
そう切り出したのは、背の高い女性。
「私はアマテラス。帝の命により、とある化け物を退治する旅をしております」
「わしはツクヨミ。同じく化け物退治の旅をしておる」
もう一人も続く。
「本当はもう一人、スサノオがいるのですが、十年前に命を落とされました」
「それで、わしらは次のスサノオを探していたのじゃ」
「何だ?人探しの依頼か?」
男がめんどくさそうに聞く。
「いや、もう見つかっておる」
「あ?」
「あなたが、スサノオです」
「……は?」
「あーっと……つまりは、化け物退治の依頼だな?」
「そう思っていただいてけっこうです」
「ふむ……で、報酬は?」
「報酬じゃと?」
「当たり前だろう。ここは主に戦いの手助けをしている戦屋『大和』だ。タダというわけにはいかねぇ」
「これは国の一大事であって、報酬とか言ってる場合では――!」
言葉途中で、ツクヨミがアマテラスに止められる。
「旅に必要なもの、食料、資金は、国が負担します。討伐成功のあかつきには、褒美を頂戴したいことも伝えておきましょう」
「おい、アマテラスっ!勝手にそんなことを……っ!」
「国の一大事だからこそ、です」
「むぅ……しかし――」
「まぁまぁ、落ち着け」
男が割って入った。
「悪ぃが、その依頼は受けられねぇ」
「なっ、なんじゃと!?」
「……何故ですか?」
「大和と言っても、今オレ一人しかいないからな。旅やら何やらで屋敷を空けるわけにはいかねぇ」
ツクヨミが首をかしげる。
「他にも屋敷内に人がいたはずじゃが?」
「女共は戦えねぇ。身を守る程度のことしか教えてねぇからな。男のガキ共は訓練させてはいるが、まだ実戦は無理だ」
そう言われ、先程から成人男性は目の前の男しか見かけてないことに気付いた。
「あなたが帰ってきたとき、少女を戦利品だと言ってましたね。もしかして、ここにいる方々は……」
アマテラスが聞く。
「女共はそうだな。ガキはオレがその女共に産ませたやつらだ」
「やっぱりこやつ鬼畜じゃぞアマテラスっ!」
「落ち着きなさいツクヨミ。英雄色を好むとも言いますし」
「女をさらってきて子を産ませるとか、色を好みすぎじゃろ!?どう考えてもスサノオには相応しくないわっ!!」
「しかし、我々の直感はこの方がスサノオだと――」
「まぁまぁ、ケンカすんなよ」
再度、男が割って入る。
「オレはあんたらの依頼受けねぇし、あんたらからすればオレはスサ何とかってのに相応しくねぇんだろ?なら、話はこれでお開きでいいか?」
「当たり前じゃ!」
「お待ちください」
「どっちだよ……」
その頃――
男に連れてこられた少女は、物置のような部屋にいた。
突然開いたふすまに、ビクつく少女。
そこには一人の女性がいた。
「やぁ、あんたが新入りだね。あたしは安科。あんたの教育係だよ。よろしく!」
差し出されたアシナの手を、おずおずと握る少女。
「あんたの名前は?」
「……櫛稲田……です……」
「緊張してるねぇ。ま、突然連れてこられたんだし、無理もないか。あたしも最初はそうだったよ」
「アシナさんも……?」
「あたしだけじゃない。ここにいるほぼ全員がそうだよ」
「……逃げようと……思わないんですか…?」
厳重な鍵がかけられてるわけでもない。縄で縛られてるわけでもない。逃げようとすればいつでも逃げられる環境なのだ。
しかし、
「ん~、思わなかったねぇ」
アシナは当然のように答えた。
「ここは食べるものに困ったりしないからね。あんたが思ってるより、皇具那様は優しい方だよ」
「オグナ……?」
「あんたを連れてきた男さ。ま、かわりに屋敷の掃除やら食事の準備やらってのをやらされるし、オグナ様の子を産まなきゃなんないけどね」
「子を……!?」
再びクシナダの表情がこわばる。
「いきなり産めとは言われないよ。あたしだって夜伽のお相手にはまだ呼ばれたことないし」
あっはっはと、笑いながら言うアシナ。
「わ、笑い事じゃないです……!」
「あぁ、ごめんごめん。でもね、あたしはオグナ様の子供だったら別にいいかなって思ってるんだ。最初聞かされたときは本気で逃げようかと思ったけどね」
「………」
「逃げなかったのは、怖い噂を聞かされてたってのもあるけど」
「噂……?」
「そ。ずっと前に逃げた人がいたらしくてさ。でもオグナ様は村まで追いかけて行って、村人を皆殺しにしてその娘を連れ帰ったって」
「……っ!」
「それ聞かされたらちょっとね……ま、噂だけどさ!さて、さっそくだけどお仕事を教えていこうかな!はい、立って立って!」
クシナダはアシナに連れられて部屋を出た。




