第七話:焦げた焼き芋
銀笛を渡された翌日から、店の中に妙な緊張感が漂っていた。
ヴィアンカはカウンターの雑巾がけをしながら、チラチラとガラフの横顔を伺う。ガラフはといえば、いつも以上に気怠げに椅子に沈み込み、古新聞の求人欄をパラパラとめくるばかりで、一度もヴィアンカと目を合わせようとしない。
昨日の物置部屋でのやり取りを思い出しては、ヴィアンカの胸がチクチクと痛む。
(私……何か踏み込んではいけないことに触れてしまったのかな)
自分はただ、かっこいいと思った気持ちを伝えただけだった。けれど、あの大切な銀笛を雑に押し付けるように渡して階下へ降りていったガラフの後姿には、どこか「それ以上は近づくな」という目に見えない壁を感じさせた。
気まずい沈黙を破ったのは、裏庭から聞こえてきた「グオオン」というイクイノクスの情けない唸り声だった。
「イクイノクス……?」
ヴィアンカがあわてて勝手口の垂れ幕をくぐると、裏庭では大惨事が起きていた。
先日、ガラフが「裏庭の枯れ葉の処分」と言って起こした小さな焚き火の跡。その灰の中で、落ち葉と一緒に埋めておいた大きなサツマイモが、真っ黒な炭となって煙を噴き出していたのだ。
イクイノクスは、楽しみにしていたおやつの焼き芋が真っ黒焦げになったのを見て、悲しそうに鼻先で黒い塊をつついている。鼻先が煤で黒く汚れ、目の端に薄っすらと涙すら浮かべていた。
「あああ、ごめ实例! 火の通りを確かめるのを忘れていて……!」
ヴィアンカは慌てて木べらを手に取り、炭化したサツマイモを掻き出そうとしたが、熱気と煙でむせ返ってしまう。
「おいおい、裏庭で煙幕張るなよ……」
ガラフが勝手口から顔を出した。喉を鳴らし、煙を手で払いながら、黒焦げの芋とパニックになるヴィアンカを交互に見る。
「すみません、ガラフさん! イクイノクスの焼き芋を焦がしてしまって……! 私がちゃんと火加減を見ていればよかったのに……」
ヴィアンカは必死に頭を下げた。自分は勇者の時もそうだった。仕事を完璧にこなさなければ存在価値がないと思い込み、ちょっとしたミスでパニックになり、勝手に抱え込んで自滅する。
ガラフは深いため息をつくと、くわえていた魔草の火を吹き消し、無造作に歩み寄ってきた。
「勇者ちゃん。焦げたなら焦げたで、焦げてないところ探せばいいだろ」
ガラフは熱さを気にする様子もなく、素手で真っ黒なサツマイモをひとつ拾い上げた。手に伝わる熱さに軽く眉をひそめつつも、爪で厚い炭の皮をベリッと剥ぎ取る。
すると、黒い殻の中から、黄金色に輝くねっとりとした甘い湯気が立ち上った。
「ほら。外側は全滅だけど、芯の部分はちゃんと蒸けてる。一番甘いとこだ」
ガラフはその黄色い部分を半分に割り、フーフーと息を吹きかけてから、半分をイクイノクスの口へ放り込んだ。赤竜は目を輝かせ、「ハグハグ」と嬉しそうに音を立てて味わい始める。
そして、残りの半分を、ガラフはヴィアンカの鼻先に差し出した。
「ほら、喰え。反省するより食った方が早い」
「え……でも、私が失敗したのに……」
「うるさいな。食えって」
強引に手渡され、ヴィアンカはおずおずと熱々の芋を一口かじった。
口の中に、濃厚な甘みと、少し香ばしい焦げの匂いが広がる。ハフハフと息を漏らして味わううちに、固まっていた胸の奥の結び目が、じんわりとけていくのが分かった。
「……甘いです。すごく、おいしい……」
「だろ? 失敗したってさ、全部がダメになるわけじゃないんだよ。外側が真っ黒になっても、中にうまいもんが残ってればそれで上等」
ガラフは自分の指についた煤を無造作にズボンで拭うと、ガラガラ声で続けた。
「……昨日の笛のこともさ。お前が気にして、今朝から挙動不審なの丸わかりなんだよ」
ヴィアンカはハッとして、エプロンのポケットの上から固い銀笛の感触を確かめた。
「俺の過去なんて、大層なもんじゃない。傷だらけで、格好悪くて、捨てて逃げ出してきただけだ。お前に『かっこいい』なんて言われるような綺麗なもんじゃないよ」
ガラフはそっぽを向きながら、ボサボサの頭を掻いた。
「でもまあ……捨てずにポケットに入れてくれてんなら、それでいい。無理に話そうとしなくていいし、遠慮もしなくていい。お前はただ、ここで美味い飯作って、失敗して、焦げた芋食ってりゃいいんだよ」
ガラフの不器用すぎる言葉に、ヴィアンカの目の奥がツンと熱くなった。
この人は、自分が踏み込みすぎたことを怒っていたのではない。自分の過去の汚さや傷を気にして、ヴィアンカに引け目を感じさせまいと、不器用に線を引こうとしていただけだったのだ。
「……ガラフさん」
「なんだよ」
「明日の朝食は、もっとおいしい芋がゆを作ります。失敗しませんから」
「ふん。期待しないで待ってるよ」
ガラフは気恥ずかしそうに鼻を鳴らし、そそくさと店の中へ戻っていった。
裏庭には、秋の澄んだ空気が満ちていた。鼻先を黒くしたイクイノクスが、もっとくれとヴィアンカの袖を引っぱる。
ヴィアンカはポケットの中の銀笛をもう一度握りしめ、小さく微笑んだ。二人のあいだにある不器用な距離感は、焦げたサツマイモのように少しだけ香ばしく、そして温かかった。




