第二十八話:黄金色のふわとろ天津飯
春の日差しが眩しさを増し、街の緑がいっそう鮮やかに色づき始めた頃。
解呪屋の裏庭では、特等席のひだまりで竜のイクイノクスが気持ちよさそうに目を細めて腹を見せて転がっていた。リリィにもらったハーブのお守りは、店のカウンターの特等席に大切に飾られている。
「ガラフさん、今日のお昼はボリューム満点の『特製ふわとろ天津飯』ですよ!」
ヴィアンカが厨房から声をかけると、帳簿をつけていたガラフが顔を上げた。
「天津飯か。あの甘酸っぱい餡の匂い、食欲をそそるな」
今日仕込んだのは、ふんだんに卵を使った贅沢な天津飯だ。
ボウルに新鮮な卵をたっぷり割ってほぐし、細切りにしたタケノコ、キクラゲ、そしてカニのほぐし身を混ぜ合わせる。しっかりと熱した中華鍋に油を多めに馴染ませたら、一気に卵液を流し込んだ。
ジュワアッ!という激しい音とともに卵が膨らみ、手早く箸で空気を含ませながら半熟の「ふわとろ」状態に仕立て上げる。それを炊きたてのご飯の上にふわりと載せた。
仕上げにかけるのは、鶏ガラスープをベースに醤油、砂糖、酢、少量のゴマ油で味を調えた黄金色の特製餡だ。片栗粉で程よいとろみをつけた甘酢餡をたっぷりと回しかけると、立ち上る湯気とともに甘酸っぱく香ばしい匂いが弾けた。
「さあ、冷めないうちに召し上がってください!」
目の前に運ばれてきた天津飯は、黄金色に輝く美しい餡がとろりと全体を包み込んでいる。
ガラフはスプーンを入れ、とろとろの卵と餡、ご飯を一度にすくって口へ運んだ。
「……うめえ! 卵のふわっふわの食感に、タケノコとキクラゲのシャキシャキ感が絶妙なアクセントになってやがる。餡の甘酸っぱさが絶品だ」
「ふふ、卵を火から降ろすタイミングが勝負なんです! 酸味を効かせた餡でさっぱり食べられるようにしました」
ヴィアンカも一口頬張り、とろけるような口当たりに思わず笑みをこぼした。
二人で賑やかに食卓を囲みながら、ガラフがふと思い出したように呟いた。
「思えば……お前が落ちこぼれ勇者としてこの路地裏に転がり込んできた時は、顔色も悪くて今にも倒れそうだったな」
「もう、そんな昔のこと言わないでください! あの頃の私は、自分には何の価値もないって思い込んでいて……」
ヴィアンカは懐かしそうに微笑みながら、胸の前に手を当てた。
「でも、ガラフさんが『呪いなんてただの気の持ちようだ』って教えてくれて、美味しいご飯を作ってくれて……私、自分の居場所を見つけることができました。ガラフさんと出会えて、本当によかったです」
不意の素直な感謝に、ガラフは気恥ずかしそうにくわえた魔草を噛み直し、視線を横へ逸らした。
「……バカ言え。救われたのは俺の方さ。お前が来てから、このガラクタだらけの店が……随分と賑やかで温かい場所になった」
ガラフのぽつりとした言葉に、ヴィアンカの胸がじんわりと熱くなった。
落ちこぼれの元勇者と、人嫌いの元竜騎士。傷ついた二人が身を寄せ合って始まった解呪屋は、いまや互いにとってかけがえのない大切な「ホーム」となっていた。




