第二十七話:ほっこり鰆の西京焼き
春も深まり、路地裏を吹き抜ける風が心地よく頬をなでる季節となった。
旧友とのわだかまりも溶け、心がすっきりと晴れ渡ったヴィアンカは、朝からいそいそと厨房で仕込みを進めていた。今日仕入れたのは、春の訪れを告げる立派な「鰆」だ。
「ガラフさん、今日のお昼は二日間じっくり漬け込んだ鰆の西京焼きですよ!」
「ほう、鰆か。西京味噌の甘い香りがここまで漂ってくるな」
白味噌にみりん、酒、少量の薄口醤油を混ぜ合わせた特製の西京味噌床。そこに身の締まった鰆の切り身を漬け込み、じっくりと旨味を染み込ませておいたものだ。表面の味噌を軽く拭い、弱火の遠火でじっくりと焼き上げていく。
ジュワジュワと脂が滲みでて、お味噌の香ばしい焦げ目がほんのりとついたところで引き上げる。香ばしさと優しい甘みが混ざり合った芳しい湯気が厨房いっぱいに広がった。
「さあ、焼き立てをどうぞ!」
ふっくらと焼き上がった鰆の西京焼きに、炊きたてのご飯と、かぶとお揚げのお味噌汁、自家製の浅漬けを添えてテーブルへ運ぶ。
ガラフは箸で鰆の身を軽く解き、一口口へ運んだ。
「……うめえ。西京味噌のまろやかな甘みが、身の脂と溶け合って極上だな。皮目の香ばしさもたまらん」
「ふふ、焦がさないように火加減に気を配った甲斐がありました! ご飯が進みますよね」
ヴィアンカも身を口に運ぶ。しっとりとした歯ごたえと味噌の上品なコクが口の中に広がり、ほっと肩の力が抜けるような優しい味わいだ。
二人が穏やかな昼食を楽しんでいると、表の扉が静かに開き、見慣れた顔が覗いた。リリィとお母さんだ。手には可愛らしい刺繍が施された布袋が握られている。
「ヴィアンカさん、ガラフさん! こんにちは!」
「やあ、リリィちゃん。どうしたの?」
リリィは得意気な顔で布袋を開けて見せた。中には、不器用ながらも一生懸命に縫われた、小さな「お守り袋」が入っていた。
「これね、お母さんに教えてもらいながら、私が作ったの! 中にはガラフさんに教えてもらった、元気がでる『おまじないのハーブ』が入ってるんだよ。いつも街を守ってくれる二人にプレゼント!」
ガラフはお守り袋を手のひらに載せ、少し驚いたように目を見開いた。
「おいおい……俺たちが『呪い屋』だってのに、お守りをくれるのか?」
「ふふ、ガラフさんのおまじないは、みんなを元気にする温かいお守りと同じだもん! だから、今度は私から二人にお守りをあげるの!」
リリィのまっすぐな笑顔に、ガラフは照れくさそうに鼻を擦り、優しく頭を撫でた。
「……ありがとな、リリィ。大事にするよ」
ヴィアンカも温かな気持ちで胸がいっぱいになり、お守りを大切に胸に抱きしめた。
かつて不吉と嫌われていたガラフの「生活の工夫」が、この街では人々を笑顔にする温かな想いとして芽吹き、次世代の子供たちへと受け継がれている。
鰆の西京焼きの柔らかな味わいとともに、二人の胸には確かな温もりと充実感が満ちていた。




