第二十六話:春風のいちごタルト
ハヤシライスの出来事から数日後。小さな少女が持ち込んだ「からくり小鳥」の評判は口コミで広がり、解呪屋には街の人々から「ちょっとした困りごと」が次々と持ち込まれるようになっていた。
絡みついた毛糸玉を解くような日常の相談をひとつずつ解決し、昼下がりを迎える頃。ヴィアンカは厨房で甘い香りに包まれていた。
今日作るおやつは、旬を迎えた鮮やかな真っ赤ないちごを贅沢に使った「特製いちごタルト」だ。
バターをたっぷり揉み込んだサクサクのタルト生地を香ばしく焼き上げ、中に濃厚なカスタードクリームをたっぷりと詰める。その上に、バルトの果物市で仕入れた甘酸っぱい採れたていちごを隙間なく並べ、艶出しのナパージュを塗って仕上げた。
切り分けると、赤いイチゴと黄色いカスタード、そして香ばしいタルト生地のコントラストが見事な三層を描く。
「ガラフさん、ひと休みしていちごタルトを食べましょう!」
「ほう……今日はまた一段と華やかなおやつだな」
ガラフが羊皮紙の帳簿を閉じ、手元に差し出されたフォークを取る。サクッとタルト生地を割り、いちごとカスタードを一緒に口へ運んだ。
「……うめえ。いちごの甘酸っぱさと、とろっとしたカスタードのコクが絶妙だ。生地も香ばしくてサクサクしてやがる」
「ふふ、バニラビーンズを少し多めに入れてカスタードを炊いたんです! 苦労してタルト生地を冷やしながら伸ばした甲斐がありました」
ヴィアンカも一緒にフォークを進め、幸せそうに目を細めた。
甘い口福を堪能していると、店の表扉が開き、長旅の身支度をした一人の青年が入ってきた。彼はかつてヴィアンカと同じパーティで旅をしていた、元・仲間の一人だった。
「ヴィアンカ……それにガラフ殿。久しぶりだな」
少し気まずそうに佇む青年に対し、ヴィアンカは穏やかな笑顔で迎え入れた。
「久しぶりですね。お茶を入れて差し上げますから、どうぞ座ってください」
青年はカウンターに腰掛けると、申し訳なさそうに切り出した。
「王都の噂で聞かされたんだ。二人が査察団の不当な濡れ衣を晴らし、いまはこの街でたくさんの人を救っていると……。昔、君の『地味な生活魔法』を役立たずだと笑って追い出してしまったこと、ずっと後悔していた」
ヴィアンカは淹れたてのハーブティーと、切り分けたタルトを青年の前に置いた。
「いいえ、気にしないでください。あの時の出来事があったからこそ、私はこの街でガラフさんに出会い、本当の『自分の役割』を見つけることができました。だから、いまは感謝しているくらいなんです」
ヴィアンカの迷いのない澄んだ瞳と温かな言葉に、青年は救われたように表情を緩め、タルトを一口頬張った。
「……すごく美味しいな。君はもう、本当の意味で……誰かを救える『強さ』を持った人なんだな」
過去の不和も、苦い思い出も、美味しいご飯と温かな対話の前には優しく溶けていく。ヴィアンカが差し出した優しさのバトンは、また新しい風となって広がろうとしていた。




