第二十五話:陽だまりの特製ハヤシライス
王都からの顧問就任の打診をにべもなく断ってから数日。
路地裏の解呪屋には、春の暖かな日差しが優しく降り注いでいた。ガラフが店頭に掛け直した新しい看板『リード&ヴィアンカ解呪屋』の文字も、すっかり街の風景に溶け込んでいる。
「ガラフさん、今日のお昼はちょっと贅沢に、じっくり煮込んだ特製ハヤシライスですよ!」
ヴィアンカが厨房で声を弾ませた。
今日仕込んだのは、時間をかけて炒めたたっぷりのタマネギと、バルトの精肉店から仕入れた上質な牛肉の薄切りを主役にしたハヤシライスだ。
フライパンでバターを溶かし、飴色になるまで根気強く炒めたタマネギに牛肉とシメジを投入。赤ワインを贅沢に振りかけて旨味を凝縮させたら、自家製のトマトペースト、フォンドヴォー、そして隠し味に少量のウスターソースと蜂蜜を加えて小一時間ほどコトコトと煮込んである。
艶やかな濃褐色のルウから、甘酸っぱく濃厚な香りが立ち上り、店内に満ちていた。
「ほう、ハヤシライスか。あの香ばしい匂いは腹に効くな」
毛布を肩にかけたガラフが、口に魔草をくわえてカウンターの奥から起きてきたのと同時に、店の表扉が「ガラガラ」と控えめな音を立てて開いた。
入ってきたのは、まだ十歳にも満たない小さな少女だった。緊張で小さな両手を強く握りしめ、不安そうに店内を見回している。
「あの……ここ、『呪い』を解いてくれるお店ですか……?」
ヴィアンカは目線を低くして、優しく微笑みかけた。
「ええ、そうですよ。どうしたの? 何か困ったことがあったのかな?」
少女は意を決したように、抱えていた小さな木箱を差し出した。中には、片方の羽が折れて動かなくなった、からくり仕掛けの小鳥のおもちゃが入っていた。
「これ、おばあちゃんから貰った大切な宝物なんです。でも、急に動かなくなっちゃって……近所のお兄ちゃんが『これは呪いがかかったんだ』って……」
ガラフは少女の前に歩み出ると、ひょいと木箱を受け取り、中のからくり小鳥を観察した。
「どれ……見せてみろ。ふん、ただの『思い込みの呪い』だな」
ガラフは木箱の底のネジを少し締め直し、内部に溜まっていた小さなホコリをふっと息で吹き飛ばした。すると、小さなカチリという音が響き、小鳥はパタパタと可憐に羽を動かし始めた。
「わあぁっ! 動いた!」
少女の瞳がパッと輝く。
「からくりの歯車にホコリが詰まって動きが重くなってただけさ。人間ってのは、大事なものが壊れるとすぐ『呪い』のせいにしたくなる。だがな、仕組みを知って手入れをすりゃあ、大抵の呪いは解けるんだよ」
ガラフが意地悪そうにニッと笑うと、少女はパーッと顔をほころばせた。
「おじさん、魔法使いみたい! ありがとう!」
「……おじさんじゃなくて、腕利きの解呪師だ」
ガラフが照れくさそうに頭を掻く横で、ヴィアンカはくすくすと笑った。
「さあ、呪いも解けたことだし、一緒にお昼ご飯を食べましょう? すごく美味しいハヤシライスがあるの」
「えっ、食べていいの……?」
三人は並んでテーブルにつき、熱々のハヤシライスを前にした。炊きたての白米の横に、とろりと濃厚なブラウンソースがたっぷりとかかっている。
「「いただきます!」」
スプーンですくって口へ運ぶと、じっくり炒めたタマネギの豊かな甘みと牛肉のコク、トマトの爽やかな酸味が絶妙なハーモニーを奏でた。
「うわあ……! お肉がすごく柔らかくて、とっても美味しい!」
少女が無邪気に口いっぱいに頬張る姿を見て、ガラフも嬉しそうに目を細めた。
「……うめえな。時間をかけた分だけ、コクが深くなってる」
「ふふ、良かったです! 隠し味の蜂蜜がポイントなんですよ」
小さな悩みを解決し、温かいご飯を分け合う。王都の大きな事件を乗り越えた解呪屋に、またひとつ、愛おしい日常の1ページが刻まれていった。




