第二十四話:新緑の山菜天ぷら
春の陽気が本格的に路地裏を包み込み、軒先に掲げられた新しい看板『リード&ヴィアンカ解呪屋』が、温かな光を浴びて誇らしげに揺れていた。
「ガラフさん、バルトさんから採れたての山菜をたくさん頂きましたよ!」
ヴィアンカが弾んだ声で店内に戻ってきた。抱えた竹かごの中には、みずみずしいタラの芽、フキノトウ、コゴミ、そして立派なウドがどっさりと盛られている。どれも春の芽吹きそのものの生命力に満ち溢れていた。
今夜の夕食は、春の苦味と香りを存分に味わう「山菜のサクサク天ぷら」だ。
冷水で研いだ小麦粉と卵、冷水をサッと混ぜ合わせて薄めの衣を作る。山菜の水分を丁寧に拭き取り、軽く打ち粉をしてから衣をくぐらせ、高めの温度に熱した油の中へ滑り込ませた。
シュワシュワと軽やかな揚げ音が店内に心地よく響き渡り、香ばしい油脂の匂いが立ち上る。外側はサクッと、中はほくほくに揚がったところで引き上げ、たっぷりの粗塩とレモンを添えてテーブルへ運んだ。
「ほぅ……春の匂いだな。苦みが酒に合いそうだ」
ガラフは目の前に並んだ揚げたての天ぷらから、大きなタラの芽をひとつ摘み上げ、粗塩を少しつけて口へ運んだ。
サクッという極上の音が響き、口の中で山菜特有の爽やかな苦みと甘みが弾ける。
「……うめえ。衣のサクサク感と、中のホクッとした食感がたまらねえな。苦みがスッと鼻から抜けていく」
「ふふ、冷水で軽く衣を作るのがコツなんです! こちらのフキノトウも、独特の香りがして最高ですよ」
ヴィアンカもハフハフと息を吹きかけながら天ぷらを味わった。春の苦味が、冬の間に溜まった体の中の重たさをきれいに洗い流してくれるようだ。
二人が春の味覚を堪能していると、表の扉が静かに開き、郵便配達員が一通の手紙を届けてくれた。羊皮紙の封緘には、王都の紋章が刻まれている。
ガラフが封を切って目を通すと、そこには意外な内容が記されていた。
『落ちこぼれ勇者ヴィアンカ殿、および元竜騎士ガラフ殿。査察騒ぎにおける貴殿らの誠実なる対応と、街における解呪の功績を鑑み、王都騎士団の正規「解呪顧問」として迎え入れたく――』
手紙を読み上げたガラフに、ヴィアンカは目を見開いた。
「王都の顧問……ですか? 私たちが……?」
「ふん、王都の偉いさん方言も、今回の件で自分の面目が潰れて焦ってんだろうな。俺たちを取り込んで手柄にしようって寸法だ」
ガラフはくすりと笑うと、手紙を無造作にテーブルへ置いた。
「どうする、勇者ちゃん? 王都に戻れば、昔みたいに『英雄』として返り咲けるかもしれないぞ」
ヴィアンカは手紙と、いま食べている山菜天ぷら、そして目の前のガラフの顔を順番に見つめた。気負いのない、けれど少しの迷いもない声で首を振った。
「断りましょう、ガラフさん。私の居場所は、王都の立派な城じゃありません。この路地裏で、みんなの悩みを解決して、美味しいご飯を食べること……それが私の本当の幸せです」
まっすぐな瞳で言い切るヴィアンカを見て、ガラフは満足そうに口元を緩めた。
「……そう言うと思ってたよ。よし、速攻で断りの返事を書くとしようや」
二人は残りの天ぷらを美味しそうに平らげた。王都からの栄達の誘いすら、今の二人にとっては春風の吹き抜けるような他愛もない話に過ぎなかった。




