第二十二話:黄金色の出し巻き卵
「えい、引き下がるな! 店内をしらみつぶしに探せ! 必ず証拠の『負の呪具』があるはずだ!」
住民たちの剣幕に気圧されかけた査察官は、顔を真っ赤にして叫んだ。護衛の騎士たちが腰の剣に手をかけ、強引に奥の陳列棚へ踏み込もうとする。
店内に張り詰めた緊張が走り、バルトたちが身構えたその時――。
「そこまでだ」
低く凛とした声が響き、人ごみを割って一人の男が姿を現した。第一騎士団副隊長、フェルナンドだった。
「フェルナンド副隊長!? なぜここに……」
慌てる査察官を制し、フェルナンドは懐から王都の検察院が発行した正式な書状を取り出した。
「査察官殿、手ぬるい捜査はここまでにしていただこう。実は先ほど、王都の『負の呪具』流通元となっていた裏組織のアジトが摘発された。……押収された帳簿から判明したのは、査察団の一部と結託し、この解呪屋に濡れ衣を着せようとしていた事実だ」
「な……なにを馬鹿なことを!」
「とぼけても無駄だ。証拠は揃っている。自ら仕掛けた偽の呪具でガラフ殿を陥れ、実績を作ろうとしたのだろう?」
フェルナンドの鋭い追及に、査察官は蒼白になり、ガタガタと震え出した。フェルナンドが手招きすると、控えていた騎士たちが一斉に査察官とその側近たちの身柄を押さえ込む。
「ガラフ隊長……不甲斐ない後輩ゆえ、露払いまでに時間がかかり申し訳ありませんでした」
フェルナンドが深々と頭を下げると、ガラフは呆れたように息を吐き、口の中の魔草をくわえ直した。
「……相変わらず真面目な野郎だ。だが、おかげで手間が省けたよ」
不当な疑いが完全に晴れ、店内に集まっていた街の人々から一斉に歓声が上がった。バルトがガラフの肩を強く叩き、リリィとお母さんが抱き合って喜んでいる。
騒ぎが収まり、フェルナンドと住民たちが笑顔で去っていった後、静けさを取り戻した店内でヴィアンカは深い安堵の息を漏らした。
(本当によかった……お店を守れたんだ)
張っていた気が緩むと、途端に激しい空腹感が押し寄せてきた。
「ガラフさん……なんだか、すごくお腹が空いちゃいました」
「ハハッ、そりゃそうだ。あれだけ啖呵を切ったんだ、腹も減る。……ヴィアンカ、何か美味いもんでも作ってくれや」
「はい! とっておきの朝食を作り直しますね!」
ヴィアンカが厨房へ向かい、取り出したのは新鮮な卵だ。
今日作るのは、出汁を極限まで含ませた「黄金色の特製出し巻き卵」。
ボウルに卵を溶きほぐし、削り節と昆布から丁寧にとった出汁、少量の薄口醤油とみりんを加える。四角い卵焼き器をしっかり熱し、油を馴染ませたら、出汁たっぷりの卵液を細かく分けて流し込んでいく。
ジュワッと心地よい音とともに固まる卵を、手早く、箸先で優しく巻き上げていく。何度も層を重ねるうちに、ふっくらと分厚い、黄金色の綺麗な塊が組み上がっていった。
切り分けると、断面からジュワリと温かな出汁が溢れ出す。
炊きたてのご飯と温かい大根おろしを添えてテーブルへ運ぶと、ガラフは嬉しそうに目を細めた。
「ほぅ……綺麗な黄金色だな」
「出汁をたっぷり含ませているので、ふわふわですよ。さあ、どうぞ!」
ガラフが箸で切り分け、一口口へ運ぶ。出汁の濃厚な旨味と卵の優しい甘みが口いっぱいに広がり、噛むまでもなくほどけていく。
「……うめえ。じわっと出汁が染み出してきて、心が落ち着く味だ」
「ふふ、良かったです。緊張が解けた体に、一番優しいものを食べてほしくて」
ヴィアンカも一緒に焼き立ての出し巻き卵を味わった。
温かな出汁の味が染み渡るにつれて、二人の心に漂っていた不安の影は完全に消え去っていった。困難を乗り越えた解呪屋に、穏やかで優しい朝の光が差し込んでいた。




