第十九話:湯気立つかぼちゃスープ
街に流れる不穏な噂は、静かに、けれど確実に広がっていた。
普段なら「ガラフさん、ちょっといいかい」と気軽に扉を叩いてくれていた近所の商人たちが、店の前を通る際にどこか気まずそうに目を逸らす。王都親衛隊が触れ回った「負の呪具」の疑惑は、人々の心に小さな不信の毒を撒き散らしていた。
それでも、ヴィアンカは毎朝の掃除と仕込みを欠かさなかった。
(こんな時だからこそ、いつも通りに美味しいご飯を作って、お店を開けておかないと)
今日の昼食は、冬の寒さを内側から優しく和らげる「かぼちゃの濃密ポタージュ」だ。
皮を削いだかぼちゃと薄切りのタマネギをバターでじっくりと炒め、ひたひたのブイヨンで柔らかくなるまで煮込む。それを裏ごしして滑らかなペースト状にし、新鮮な牛乳とたっぷりの生クリームを加える。隠し味に少量のナツメグとハチミツを落とせば、コク深く優しい甘みが全体を包み込んでいく。
サイドに置くのは、カリッと焼いたライ麦パンと、自家製のリンゴジャムだ。
「よし……美味しくできた」
ヴィアンカが小鉢にすくって味を調えていると、からりと勝手口のカウベルが鳴った。
入ってきたのは、見覚えのある小さな人影――第十二話で傷ついた青い小鳥を助けた少女、リリィだった。頭に毛糸の帽子をかぶり、寒さで頬を真っ赤に染めている。
「ヴィアンカお姉ちゃん! ガラフのおじさん!」
「リリィちゃん! こんな寒いのに、一人で来たの?」
ヴィアンカが慌てて火鉢の近くへ誘うと、リリィは小さな手で抱えていた紙袋を大事そうにカウンターへ置いた。
「これね、お母さんが焼いたパン! ヴィアンカお姉ちゃんとガラフのおじさんに食べてもらってきてねって」
袋を開けると、焼き立ての香ばしい匂いが立ち上る。
ガラフが毛布から顔を出し、不思議そうに眉をひそめた。
「お前んちの母ちゃん、俺にパンなんてくれるような柄か? いつも『怪しい呪い屋』だって避けてただろ」
「ううん! お母さんね、お街で変な噂を聞いて怒ってたの!」
リリィは小さな胸を張り、一生懸命に言葉を紡いだ。
「『あの解呪屋さんが悪いことなんてするわけないでしょ! リリィの小鳥さんを助けてくれた、とっても優しい人たちなんだから!』って。だから、お姉ちゃんたちを応援するために、このパンを焼いたの!」
まっすぐで清らかなリリィの言葉が、冷え切っていた店内の空気を一瞬で塗り替えていく。
ヴィアンカは胸が熱くなり、思わずリリィを抱きしめそうになった。街の誰もが疑心暗鬼になっている中で、自分たちが重ねてきた小さな誠実さを、ちゃんと分かってくれている人がいたのだ。
「……リリィちゃん、ありがとう。お母さんにも、本当にありがとうって伝えてね」
「うん! あ、スープすっごくいい匂い!」
「ふふ、ちょうどできたところだよ。リリィちゃんも一緒に食べていく?」
「食べる!」
ヴィアンカは熱々のかぼちゃポタージュを大きな深皿に注ぎ、リリィのお母さんが焼いてくれたパンを添えてテーブルへ運んだ。
ポタージュにパンを浸してパクリと口に含んだリリィは、顔をほころばせて「おいしい!」と声を弾ませた。
「かぼちゃの甘みがパンにすっごく合う! あたたかくて、胸の中がぽかぽかするよ」
その笑顔を見つめながら、ガラフも静かにスプーンを動かした。ポタージュを喉に流し込むと、小さく鼻を鳴らす。
「……ふん。パンの焼き加減も悪くねえな」
「もう、ガラフさんったら素直じゃないんだから」
ヴィアンカが笑うと、ガラフはバツが悪そうに魔草をくわえ、そっぽを向いた。
「俺は事実を言っただけだ。……だが、そうだな。小さなお客さんに心配かけるような惨めな店畳み方は、死んでもできねえな」
ガラフの低い声には、静かだが固い覚悟が宿っていた。
たとえ王都がどんな不当な疑惑を突きつけてこようとも、この店で救われた人々との繋がりは消えない。かぼちゃスープの温もりのように、二人の心には確かな希望の灯がともっていた。




