第十七話:煮込みハンバーグ
親衛隊が去った翌日も、路地裏の空気は重く冷え切っていた。
いつ査察団が踏み込んできてもおかしくないという緊張感が漂う中、ヴィアンカは早朝から静かに厨房に立っていた。こんな時だからこそ、温かくて精のつくものをガラフに食べてもらいたい。
今日の昼食は、合い挽き肉をしっかり練り上げた「特製煮込みハンバーグ」だ。
タマネギをじっくりと飴色になるまで炒め、パン粉と牛乳、少量のナツメグを肉に加えて粘りが出るまで手早く捏ねる。フライパンで表面を香ばしく焼き固めたら、赤ワイン、ケチャップ、濃縮した野菜ブイヨン、そして少量のバターを合わせた濃厚なデミグラス風ソースでふつふつと煮込んでいく。
「ふう……ソースの味付け、これでよし」
ヴィアンカがソースの味を調えていると、カウンターの方から重い足音が聞こえた。ガラフがいつもの毛布を羽織り、気怠げに姿を現す。
「朝からずいぶんと力が入った匂いがするな、勇者ちゃん」
「力なんて入っていませんよ。……ただ、ちゃんとお腹を満たしておかないと、いざという時に戦えませんから」
ヴィアンカが真剣な顔で答えると、ガラフは呆れたように小さく息を吐き、カウンターに腰を下ろした。
「戦うってのは、査察団と剣でも交える気か? お前、相変わらず物騒な考え方するなぁ」
「冗談じゃありません。ガラフさんやこの店を不当に貶めようとするなら、私、いくらでも親衛隊と議論します。いまの私は、昔みたいにおどおどして引き下がるつもりはありません」
きっぱりと言い放つヴィアンカの瞳には、かつての「落ちこぼれ勇者」と呼ばれて自信を失っていた面影はどこにもなかった。
ヴィアンカは熱々の鉄皿にふっくらと膨らんだハンバーグを盛り付け、たっぷりの濃厚なソースを回しかけた。添え物には甘く煮た人参と、ホクホクのフライドポテト。
「どうぞ、ガラフさん。召し上がってください」
ガラフはナイフとフォークを取り、ハンバーグの真ん中に刃を入れた。溢れ出す肉汁が熱い鉄皿の上でジューと音を立て、芳醇な香りが一気に広がっていく。一口大きめに切って口へ運ぶと、ガラフはゆっくりと噛みしめ、目を細めた。
「……美味いな。肉の旨味がぎっしり詰まってやがる。ソースの酸味とコクも完璧だ」
「よかったです。……ガラフさん、親衛隊が言っていた『負の呪具』のことですが、心当たりはあるんですか?」
ヴィアンカが静かに尋ねると、ガラフは一度フォークを皿に置き、ポケットから取り出した魔草を口にくわえて深いため息をついた。
「……俺に心当たりはねえ。だが、王都の連中が焦る理由は分かる。昔、俺が竜騎士団を辞める時、王都の地下倉庫からいくつかの『実験用呪具』が持ち出されたって噂があったんだ」
「実験用呪具……?」
「人の恐怖や欲望を増幅させて、無理やり力を引き出すような不完全な代物だ。もしそれが市中に出回ってるんだとすれば、親衛隊が躍起になるのも無理はねえ。……で、手っ取り早く罪を擦り付けられる対象として、路地裏で呪いを商ってる俺に白羽の矢が立ったってわけだ」
ガラフの淡々とした説明に、ヴィアンカは怒りで胸が熱くなった。
「そんなの理不尽です! ガラフさんはそんな危険なもの、扱うはずがありません!」
「分かってるよ。だがな、向こうは『事実』なんてどうでもいいのさ。都合のいい犯人を作って、事件を収束させたいだけなんだからな」
ガラフは濃厚なソースをポテトに絡めて口へ運び、ふっと口元を緩めた。
「……だが、お前が作ってくれたこのハンバーグを食ってたら、不思議とどうでもよくなってきたな」
「え……?」
「俺には、不当な疑いを晴らすために必死になってくれる『優秀なアルバイト』がいるからな。剣を持たなくても、お前は立派に俺の盾になってくれてるよ」
「ガラフさん……」
ガラフの無骨な信頼の言葉に、ヴィアンカの胸の奥がじんわりと熱くなった。
自分はもう、守られるだけの存在ではない。この店と、自分を救ってくれた大切な人のために立ち上がる勇気が、いま確かに自分の中に宿っている。
表の通りから冷たい冬の風が吹き抜ける中、二人は温かな湯気の立つ料理を囲み、静かに決意を固めていた。




