第十五話:雪解けのローストポーク
十二月中旬に入ると、王都周辺には初雪が舞い降り、路地裏の解呪屋も白い雪化粧に包まれた。
勝手口の外に積もった薄雪を竹箒で掃いていたヴィアンカは、白い息を吐きながら厨房へと戻った。今日の昼食は、昨日からハーブとニンニク、粗塩でじっくりと漬け込んでおいた豚肩ロース肉の「ローストポーク」だ。
大鉄鍋で表面をカリッと香ばしく焼き色をつけたら、たっぷりの根菜と赤ワイン、濃厚な出汁を加え、薪ストーブの弱火でじっくりと時間をかけて火を通していく。肉の脂がジューシーに溶け出し、香草の芳醇な香りが店内一面を満たしていく。
「ん……いい匂いだな」
カウンターの毛布から顔を出したガラフが、鼻をヒクヒクと動かした。膝にはヴィアンカが今朝新しく準備した、熱々の湯たんぽがしっかりと抱えられている。
「ガラフさん、お肉が焼き上がるまで、もう少し待ってくださいね。今日は特製のリンゴソースも添えますから」
「へいへい。お前の作る肉料理は、どんどん豪華になっていくなぁ」
ガラフは満足そうに目を細めたが、立ち上がろうとした瞬間に「くっ……」と短く息を呑み、右膝を押さえて眉間に深いシワを寄せた。
「ガラフさん! 大丈夫ですか!?」
ヴィアンカはすぐさま駆け寄り、ガラフの体を支えた。膝からは冷や汗が滲むような激しい痛みが伝わってくる。
「……気にすんな。昔、竜騎士団の遠征で大雪山を越えた時に、氷竜の吐息を喰らった傷だ。寒くなると骨の奥が疼きやがる」
ガラフは苦笑いを浮かべ、カウンターにドカリと腰を下ろした。
「氷竜の吐息……」
王都の英雄譚で何度も聞いた伝説の戦いだ。王都を守るために最前線で巨大な竜と戦い、その代償として足に生涯消えない重傷を負った竜騎士団長。その輝かしい勲章の裏側に、どれほどの激痛と孤独が存在していたのかを思い、ヴィアンカは胸が痛んだ。
「……ガラフさん、私に膝を触らせてもらえませんか?」
「あ? お前、解呪屋のバイトだろ。医者でもねえのに何する気だ?」
「勇者時代、戦場で痛みを和らげる簡単なマッサージを覚えたんです。気休めかもしれませんけど、少しでも楽になるなら……」
ヴィアンカの真面目で切実な眼差しに押し負け、ガラフは「勝手にしろ」と足を投げ出した。
ヴィアンカは両手をしっかりと温めると、ガラフの右膝にそっと触れた。分厚い肉と皮膚の上からでも分かるほど、関節の奥が固く冷え切っている。血行を良くするように、手のひらの温もりを伝えながら優しく丁寧に揉みほぐしていく。
「……お」
ガラフの口から小さな声が漏れた。ヴィアンカの手から伝わる温もりが、氷のように冷え固まっていた関節の緊張を少しずつ解きほぐしていく。
「どうですか……?」
「……いや、驚いたな。痛みが引いてくのが分かる。お前の手、なんだか魔法みたいに温かいな」
「魔法じゃありませんよ。ただの『お手当て』です」
ヴィアンカはホッと胸を撫で下ろし、照れくさそうに微笑んだ。
「ガラフさんが私を何度も温かいご飯と食べ物で救ってくれたみたいに、私もガラフさんの痛みを少しでも温めたいんです」
ガラフは一瞬呆気にとられたように目を見開き、それからバツが悪そうにそっぽを向き、ポケットから魔草を取り出して口にくわえた。
「……まったく。お前は本当に、甘やかすのが上手くなったな」
その時、大鉄鍋からジューと香ばしい音が弾け、焼き上がりの合図を告げた。
ヴィアンカは厚切りにしたローストポークを皿に盛り、甘酸っぱいリンゴソースと温野菜を添えてカウンターへ運んだ。肉汁が溢れる柔らかな肉を口に運んだガラフは、目元を緩めて何度も深く頷いた。
「美味い……。今まで食ったローストポークの中で、一番美味い」
「ふふ、良かったです!」
冷たい雪が降る外の世界とは裏腹に、解呪屋の中には、お互いを思いやる温かな熱と香ばしい料理の匂いが満ちていた。二人の絆は、冬の寒さを吹き飛ばすほどに、より強く深まっていた。




