第十四話:雪夜のホットジンジャーミルク
王都から届いた一通の手紙。それは、ガラフの竜騎士団時代の後輩であり、現在は第一騎士団の副隊長を務めるフェルナンドからの「警告」だった。
『貴殿の元に迫る影がある。王都の査察団が近々動き出すだろう』
手紙に記された冷たい文字を思い出し、ヴィアンカは寒気とは違う震えを覚えていた。窓の外では、季節外れの冷たい雪がしんしんと降り積もっている。
カウンターの雑巾がけをしながら、ヴィアンカはチラリと奥の椅子に腰掛けるガラフを見た。ガラフは古びた羊皮紙の束を眺めながら、いつものように気怠げに魔草を噛んでいる。だが、その背中には、隠しきれない重苦しい緊張感が漂っていた。
(ガラフさんを孤立させたくない。私にできることをしなくちゃ)
ヴィアンカは厨房へ向かうと、冷え切った身体と心を芯から温めるための飲み物の準備に取りかかった。
今夜作るのは、たっぷりのハチミツとスパイスを利かせた「特製ホットジンジャーミルク」だ。
小鍋に新鮮な牛乳を注ぎ、細かく削った生姜、たっぷりのハチミツ、シナモンスティック、そして少量のクローブを投入する。弱火でゆっくりと温め、生姜の爽やかな辛みとスパイスの香りを牛乳に移していく。
表面に優しく泡が立ち上り、とろりと甘く香ばしい匂いが立ち上ったところで火を止める。茶こしで丁寧にこしながら、厚手の陶器カップへ注ぎ分けた。
「ガラフさん、温かいホットジンジャーミルクが出来上がりましたよ」
ヴィアンカがカップを差し出すと、ガラフはゆっくりと顔を上げ、湯気の立つカップを受け取った。
「ジンジャーか……身体が温まりそうな匂いだな」
「はい。生姜とハチミツをたっぷり入れましたから、冷え切った身体に効きますよ」
ふーふーと息を吹きかけ、ガラフが一口口へ運ぶ。濃厚な牛乳の甘みとハチミツのコク、そして後から追ってくる生姜のピリッとした心地よい辛みが、喉を通って胃の腑へと染み渡っていく。
「……美味いな。体の芯からじんわり温まってくる」
「ふふ、良かったです」
ヴィアンカも自身のカップを両手で包み込み、温もりを確かめるように一口飲んだ。
甘く優しい温かさが全身を巡る中、ヴィアンカは意を決して言葉を紡いだ。
「ガラフさん。あの警告の手紙のこと……私、ガラフさんを一人で戦わせたりしません」
ガラフはカップを置き、静かにヴィアンカを見つめた。
「勇者ちゃん、お前が首を突っ込むような話じゃねえよ。これは俺の過去の因縁だ。王都の連中が狙っているのは、あくまで俺なんだからな」
「いいえ、首を突っ込みます!」
ヴィアンカはきっぱりと言い放った。
「私はこの解呪屋の助手で、共同経営者です。ガラフさんが私を助けてくれたように、今度は私がガラフさんの味方になります。どんな査察団が来ようと、私はガラフさんの側を離れません」
まっすぐな瞳で宣言するヴィアンカに対し、ガラフは呆れたように小さく息を吐いた。だが、その目元には温かな色が浮かんでいた。
「まったく……相変わらず頑固なバイトちゃんだな」
ガラフは無造作に手を伸ばすと、ヴィアンカの頭をぽんぽんと乱暴になでた。
「……ありがとな、勇者ちゃん」
不器用な感謝の言葉と、ホットジンジャーミルクの甘い湯気。窓の外の冷たい吹雪を忘れるほど、店内には確かな温もりと二人の絆が満ちていた。




